斎藤一京都夢物語 妾奉公

□90.密偵、酒宴
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慶応二年の暮れ、密偵として背負った仕事を淡々とこなして過ごした一年間。
斎藤は以前と変わらぬよう心掛け、夢主との日々も過ごしていた。

生まれた日は俺と一緒に祝ってやる。
大晦日に交わした約束を実現しようと夢主に声を掛けた。

「覚えているか、祝ってやるから何か用意しておけよ」

誘っておきながら支度を頼む斎藤だが、嬉しい誘いを受けた夢主は喜んで引き受けた。
斎藤の祝いと自分の祝い、めでたい席に欠かせない酒を用意して肴になる品を頼み、いそいそと準備を進める。

話を聞きつけた沖田が夢主の祝いに同席しようと予定を組んでいた。
斎藤の祝いにもなるが、沖田はついでだから構わないと了承していた。

「夢主ちゃん、そんなに嬉しいんですか」

「はい、斎藤さんと一緒にお祝いしてもらえるなんて・・・それに初詣!お参りして、今年は自分でお御籤を引いて、・・・斎藤さんにお祝いを考えたいんですけど」

「いっつも迷惑被ってるんだから、夢主ちゃんは何もしなくてもいいですよ」

「そんなっ、私こそ迷惑かけてばかりなので・・・でもいつも迷っちゃうんですよね、斎藤さんってあんまり欲がありませんよね」

「ある意味、欲の塊なんですけどね」

「そうですか?!」

力ある敵との戦いを望む欲求、女に対する欲求、斎藤は決して無欲ではないと沖田は乾いた笑いを見せた。

「そういえば・・・沖田さんの生まれた日も分からないって仰ってましたよね・・・」

「あぁ、はっきりした日付は僕も分からないですからね、暑い頃とだけ」

「だから沖田さんはカラッと明るいんですね、夏の申し子ってやつです」

「あははっ、夏の申し子ですか!でも僕暑いのは苦手ですよ〜寒いほうがまだ耐えられます」

「ふふっ、そうですね、沖田さんすぐのぼせちゃいますもんね」

「いやだなぁ、池田屋のことまだ覚えてるんですか」

暑さと湿気に朦朧とした自分を思い出し渋い顔をするが、夢主は構わずに笑っていた。

「沖田さんの分も一緒にお祝いしちゃいましょう、年が明けたらみんな歳を取るって言ってましたし」

「それは嬉しいですね!一緒にお祝いしてくれるんですか、ありがとう」

「ふふっ、喜んでもらえて光栄です!それにしても斎藤さん、最近伊東さんと良く出かけますね・・・なんだか・・・」

言いかけた夢主は、伊東が斎藤や永倉らと隊規違反をして島原に泊り込んだ年明けを突如思い出した。

「どうしたんですか、急にそんな顔をして」

「いえ・・・もしかして・・・あの、斎藤さんって」

夢主の顔色が急に変わる。
沖田は急激な変化に首を傾げた。

「先ほど誘われて屯所を出たようですけど・・・すぐ戻るとは言っていましたよ」

「そうですか・・・そうですよね」

夢主は声にならない声で自らに何かを言い聞かせた。

「ちょっと失礼します・・・」

「夢主ちゃん?」

静かに断って部屋を出ていく夢主。
沖田は残された部屋で一人首を捻った。

「どうしたんでしょう」

楽しそうに支度をしていたはずが急に顔を強張らせ、暗くなったのは何故か。
理由が分かるはずもなかった。

夢主は土方の部屋を訊ねていた。
手っ取り早く確かめるには指示を出したと思われる本人に訊ねるのが一番だ。

「あの・・・土方さん、いますか」

勢いで部屋までやって来たが、いざ辿り着くと我に返ってしまった。
恐る恐る呼び掛け、返ってきた声に意を決して障子戸を開けた。
 
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