斎藤一京都夢物語 妾奉公

□94.山での一日
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山の夜、夢主には分からない森の虫がどこかで鳴いている。
虫は苦手だが決して不快に感じないのはこの場の空気のせいか。

パチパチと音を立てる窯を眺めていると、不思議と時を忘れてしまう。
耳を澄まし、手にした酒を舐めるように楽しみ、時々比古が窯の中を整えるのを見ていた。

「眠くならないのか」

「はい・・・不思議です。目が冴えてきました」

「そうか、俺も火を見ている夜は全く眠くならないな。不思議なものだ」

窯を覗いた後、比古は再び丸太に腰掛けて酒を汲んだ。

「お前は色々なことを知っていると言っていたな」

「はい」

「もう少し詳しく話してみろ。無理強いはしないが、お前の身の上・・・気に掛かる」

「身の上・・・」

この世界に来る前のあやふやな記憶、歴史や比古達に関する確かな記憶、そしてこの世界で経験してきた全て。
話すべきか、夢主は少し距離を置いて座る比古の顔を見つめた。
静まると、時を数えるように窯の中で火が弾ける音が何度も響く。

「信じてくださいますか・・・」

「お前の話、疑ったことがあったか」

「ふふっ、そんなにお話ししたことありましたか」

「あるはずだ」

言い切って顔を傾けて話を促す比古に、夢主は笑みを溢して頷いた。

「わかりました・・・とっても奇妙なお話になりますよ、比古師匠は生きていておかしな事に遭遇したことはありますか」

「おかしな事など日常茶飯事だ。今のこの乱世ともいえる世の中、まともな話の方が珍しい」

「ふふっ、そうかもしれませんね・・・」

夢主は手元の猪口に目を落とし、少しずつ比古に今までの出来事を伝え始めた。
言いたくない話は、ぼんやりとぼかした言葉で。

長い話の間、少しも目を逸らさず比古は夢主の顔を見つめていた。
話の流れの中で変わる夢主の表情から、その時々の感情を読み取っていたのかもしれない。

「随分と不思議な経験をしているな。先の世とは俺もさすがに経験が無いぞ」

比古はそれでもニッと笑い、話は分かったと頷いた。
話を受け入れてくれたと感じ、夢主の緊張が解れた。

「それに怖い思いもしているようだな。生きることを諦めずに今日まで生き抜いてきたお前は偉いぞ」

「そんなことは・・・」

「いや、現実を見ずに逃げ出したりただ恐れたり、受け止めきれず壊れてしまう者は多い。お前は心が強いな」

厳しいと思っていた比古に褒められ夢主は嬉しそうに微笑んだ。

「おまけに随分と壬生狼達に可愛がられてはいまいか」

「そ、そんなことはっ」

「はははっ、気付いているのかそうでないのか、俺からしてみれば男達の鼻の下が伸びた顔が目に浮かぶぜ」

「ですから・・・そんなことは・・・」

「みんなお前に惚れてるんじゃねぇか」

赤い炎に照らされた夢主の顔、今なら日の光の下でも真っ赤に見えるだろう。

「まぁ一番お前に近いのは沖田と斎藤だな、散々連れ立って歩いていたろう」

酒屋で比古に会った時、確かにいつも斎藤と沖田が一緒だった。
事実、出歩く時はほとんど同じ三人だ。嫌でもそう映るだろう。そして二人の心が一番夢主に近いというそれは図星だ。

「俺が女なら沖田を選ぶな、うん」

比古は片足を上げて座りを崩すと、顎を弄りながら冗談半分に自分の好みを語り出した。
 
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