斎藤一京都夢物語 妾奉公

□96.橙の祇園
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京の町の東にある善立寺。
比古に面倒を押し付けられ、土方にその面倒を引き渡して暫く宿舎で大人しくしていた伊東だが、痺れを切らしたのか斎藤に相談を持ちかけた。

「斎藤さん、怒らないで聞いて頂戴。夢主さんのこと・・・貴方、本当に死んだと思っているのかしら」

唐突に訊かれた斎藤は顔をしかめるが伊東は真剣だ。

「さぁ、俺には関係の無いことですから」

「まだそんな事を言って・・・分かっているわよ、夢主さんを突き放したのは巻き込まない為なのでしょう、私は何も夢主さんに危害を加えようとは思わないわ。それは同志の皆さんも同じ、そんな気持ちがあっても私がさせないわ」

「フン」

鵜呑みに出来るものか。
反応を示さず無表情で話を聞く斎藤に、伊東は顔を近づけて説得を続けた。

「私は本気なのよ。あの子の凄さはよくご存知でしょう、このまま歴史の陰に埋もれてはならない人材よ!例え存在すべき者でなくともそれは理由にならないわ」

「ほぅ」

夢主の存在意義と能力を買っていると熱弁する伊東に斎藤も悪い気はしない。
裏心なく語る伊東をちらと見遣った。

「あの男のもと、きっと生きているのよ。でもとても近づけないわ・・・夢主さんから来ていただかなければ」

「あいつから」

隊士達への剣術指南や巡察が無くなり退屈していた斎藤、これは面白いと感じ始めた。
土方には自由に動いて良いと言われている。伊東の命に従って人を斬っても良いとまで言われていた。
全ての判断は、斎藤自身に託されている。

「そうよ、夢主さんから来ていただくのよ!でも良い案が浮かばなくて・・・ちょっとやそっとでは出てこないわ、そこで言いにくいんだけど・・・あの男の策と同じように斎藤さんに死んで貰うと言うのは・・・」

「ッフ、フハハハハッ!!伊東さん、そいつはきっと餌になりませんよ、ククッ、残念ながら」

「そうかしら、夢主さんは貴方を随分と・・・」

「それは知りませんが、あいつは俺を不死身だと言い切っていました。死説が出ても振り回されはしないでしょう」

「そう・・・そうなの・・・残念だわ・・・」

自分の死亡説を否定されて残念がる男を心底笑う斎藤だが、夢主を呼び出す妙案が思い浮かんだ。
本気で連れ戻す気は無いが、離れた場所から揶揄ってみるのも面白い。

後で随分に怒られるだろうがそれも一興、斎藤は自分に怒りをぶつける夢主の姿を思い浮かべた。
膨れたり拗ねたりするのも良い、怒っていても愛嬌がある女だ。
斎藤はククッと小さく喉を鳴らした。

「そうですね、面白い案ならありますよ」

「案、それはどんな!!」

「祇園で遊びましょう、ここは祇園から程近い」

飛びついてきた伊東に斎藤は分かりやすくニヤリと顔を崩した。

「祇園・・・祇園で芸妓遊びでもしようと言うの」

「その通りです。ご存知でしょう、俺が女に入れ込んでいると勘違いした夢主が島原に行く為、屯所を脱走した騒動を」

「あぁ・・・あの時は確か土方さんが・・・」

「えぇ、上手く収めてくれましたがなかなか厄介でしたね」

「祇園・・・」

「夢主はあれでいて相当のやきもち妬きですよ、フッ」

自分にも非があった事を思うと胸が痛むが、斎藤は嫉妬で暴走した夢主を思い出し、笑いを堪えた。

「そうね、夢主さんは可愛いやきもちを妬くようね、祇園はいいかもしれないわ。通い詰めて噂も流しましょう」

遊ぶ金なら工面できよう、伊東は明るい顔で頷いた。
 
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