斎藤一京都夢物語 妾奉公

□98.絢爛と静寂の再会
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祇園にある店の一室。
払いの良い斎藤はすっかり馴染みになり、店の奥、雅な一部屋に通されていた。

何処かの部屋で芸妓を呼んで酒宴を設けているようで、三味線の音が響けば、女の控えめな笑い声と豪快な男の笑い声も聞こえてくる。
斎藤はそんな遠くの音を耳にしながら一人酒を楽しみ、待ち人が来るまでを過ごしていた。
やがて、ふっと感じた人の気配に顔が上がる。

「来たか・・・」

送った手紙と店の者に告げた望みが果たされるならば、隣の部屋で支度が行われるはず。
斎藤はちらりと襖に目をやり、そのまま開かれるまで酒を続けることにした。


夢主は比古に連れられ、手紙が導くまま祇園を目指していた。
昨夜の雪は山をほんのり白く染めた程度で、日が昇るにつれ消えていった。京の町にはその名残すら無い。

山を下りた夢主の手に荷物は無い。落ち着いてから比古が新しい住処に届けてくれる手筈だ。
山での生活が終わる淋しさと斎藤に会える喜び、そしてこれから待つ哀しみ。
夢主は多くの想いに心を奪われながらも、やはり斎藤との再会に一番胸を捉われていた。

どんな顔で会えばよいのだろうか。
思い余って胸に飛び込んでしまいそうな自分がいる。
祇園祭での逢瀬以来、数ヶ月ぶり。緊張は隠せない。

祇園に呼び出されたのは斎藤の宿所に近いからか。
斎藤が身柄を引き取る、それは既に御陵衛士を出たからなのか。様々な不安と疑問が止まらない。

「比古師匠・・・」

「もうすぐ指定の店だ。頑張れ」

「はい・・・」

山から歩き続ける疲労だけではなく、比古は夢主の胸中を察していた。

やがて店に着くと比古が前に進み出て、現れた店の者に口を開いた。

「斎藤一の連れだが」

比古が渋りながら名乗ると中に通され、店の者に導かれるまま、ある部屋に上がりこんだ。
そこは斎藤がいる座敷では無く、様々な荷物が用意された小さめの部屋で、数人の妓が頭を下げて待っていた。

「あの・・・これは・・・」

「えろう特別なご要望を頂いとります。そちらのお嬢はん、衣替えさしてもらいます」

「衣っ・・・」

「御髪も付けますさかい、大掛かりになります。時間がおへん、さっさと始めましょ」

一番立場があると思われる年長の女が場を仕切り、夢主を部屋の中央へ押した。
そして許しを得るでもなく帯をするすると解き始める。

「えぇっ、あのっ!」

「お代もきっちり頂いとります、そやさかい遠慮はいりまへん」

「そういう事ではなくて・・・比古師匠っ!」

「新津だ」

「あぁっ、新津さん、何とかしてくださいっ」

助けを求める間にも夢主は身に着けている物を次々と剥がれていった。
赤面して比古から体を背けるが、脱がせる女達に「こっち見ぃ」と戻されてしまう。

「あぁ、あのっ・・・」

「このお座敷だけでの特別な仕度にございます、頂いたお心に沿うだけの事はさしてもらいまへんと」

「一番のお姿に致しますさかい、大人しゅうしていただきましょ」

白い襦袢姿にされてしまっては夢主に逆らう術は無かった。

次はお腰を下ろしなはれと座らされ、白粉をぺたぺた塗られて紅を添えられ、付け毛まで付けられて見事な伊達兵庫の日本髪に仕上げられた。
簪、櫛、笄・・・数々の髪飾りも付けられる。
首から上が仕上がると襦袢まで剥がれ、必死に体を両手で覆う夢主に今度は緋色の襦袢が着せられた。

あれよあれよと言う間に豪華な着物を着付けられ、されるがままに金刺繍の入った赤い打ち掛けを羽織らされた。
赤く鮮やかな地色に、黒と紫色の大きな花が金刺繍と共に描かれている。珍しく、艶やかな仕立てだ。

「これは・・・芸妓ではないな、花魁ではないか・・・」

目を奪われて黙って眺めていた比古が呆けたように呟いた。

夢主は壬生の屯所で前川家の女将によって着飾られた日を思い出していた。
遠い昔のようだがあれから三年しか経っていない。毎日が劇的に過ぎていた。
 
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