斎藤一京都夢物語 妾奉公

□99.油小路の辻に
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すっかり夜が更けた頃。
深い眠りにあった夢主だが、逆らえない現象に起こされてしまった。

「うぅん・・・トイレ・・・」

そっと斎藤達の座敷へ続く襖を開けば、二人共座ったまま目を閉じている。

「同じ格好で寝てる・・・剣客さんの寝方なのかな・・・」

寝た振りではないかと観察するが、どうやら本当に寝ているようだ。
余り見つめては視線で目覚めてしまう。二人から顔を背けてそっと部屋を抜け出した。

「厠ってどこかな・・・」

この時代の見知らぬ場所の厠ほど怖いものは無い、夢主はそう感じていた。
ほとんどの部屋が寝静まっているが、廊下を行くと明かりが漏れている部屋が見つかる。
夢主は恐る恐る先を行き、奥まった場所に厠を見つけた。
寝ぼけた誰かや酔っ払いがやって来ないか怯えつつ用を済ませ、無事廊下へ戻るとほっと安堵の息を吐いた。

「おいっ」

「きゃぁ、うっ・・・」

「静かにしろよ」

うんうん、と頷く夢主の口を押さえたのは比古だった。
夢主の視線に目覚めたが男二人だが、他者に姿を見られぬよう斎藤は比古に任せたのだ。

「気を付けろよ、そんな格好でこんな場所をうろつくんじゃねぇ」

「でも・・・その、厠に・・・」

「分かったから、一言俺に声を掛けろ。傍で待っててやるよ」

「すみません・・・」

確かに緋色の薄い襦袢姿でひとり出歩くのは無用心だ。
酒と色欲に染まった男が集まる店。一時の魅惑を求めて我を忘れる為に来ているのだから。

「戻るぞ」

「あっ、待ってください、その前に」

「何だ」

「お願いが・・・先程のお話・・・」

「藤堂とか言う男か」

縋る瞳で夢主は頷いた。
出歩けない斎藤には頼めない、比古に頼るしかないのだ。

「はい、お願いします!場所も分かります!ほんの少しだけで構わないんです・・・一度だけ・・・力を貸してください・・・」

必死に見上げて訴える夢主を見つめ返す比古の瞳も切なかった。
叶えてやりたいがどうする事もできない、受け入れられない望みだ。

「駄目だな・・・すまん」

「でもっ・・・死んじゃうんです・・・」

「俺が出向いて!・・・俺がその場に行って・・・出来る事といえば、喧嘩両成敗で皆殺しにする事ぐらいだ。・・・それでもいいのか」

「そんな・・・」

どちらが正しい訳でも無い、政に関する思想が絡んだ喧嘩。
どちらにも加担せず喧嘩を止めるのか。夢主が飛び出し刃が向かってくるというのなら、どちらも斬り伏せよう。比古にはそれしか出来ない。

「それが俺の力だ。誰かの為のものじゃない。知っているだろう、弱き者の為に振るう剣。それに、もしそいつが生き延びて、お前の知る歴史が変わり始めるかもしれんのだぞ。そのせいでお前の大事な誰かの運命が変わったらどうする」

「運命が・・・」

「例えば斎藤、その男を逃がす事で斎藤の人生が大きく変わるかも知れんのだぞ」

夢主は愕然とした。
確かに油小路の変で死んだと思われていた人間が後に近藤の肩を狙撃している。
敵になってしまった藤堂を逃がすという事は、悲しくも危険な行為なのだ。

「わ・・・我が儘言って、ごめんなさぃ・・・」

小さく頭を垂れると、夢主の目から廊下の板の間にぽたりと涙が落ちた。
落ちた雫を見て泣いている自分に気付くと、涙が止まらなくなってしまった。

「おいおい、俺が泣かしたみたいじゃねぇか・・・」

夢主の涙に驚いて慰めようとするが、ふらふらとやって来た余所の客に邪魔されてしまった。
 
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