斎藤一京都夢物語 妾奉公

□100.最初で最後の想い
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夢主は斎藤と並び、不動堂村屯所の門をくぐった。
初めて見る屯所、しっかりした造りは堂々として、威厳ある武家屋敷のよう。
門の先にある広い空間では、隊士達が幾らでも集まって稽古に励める。
その奥には長い廊下が続く居室部分。部屋数は幾つあるかも分からない。きっと奥には道場もあるのだろう。

「こんなに広いなんて・・・」

「驚いたようだな。まぁ俺も最初は驚いた。西本願寺に建てさせたというが、土方さんもここまでくると凄いもんだ。策士という言葉では足りんな」

「ふふっ、本当に。土方さんって凄いですね・・・」

「あぁ。お前は入らんだろうが、でかい風呂もあるぞ」

「えぇっ、凄い!いいなぁ」

「なんなら皆と入っても構わんが」

「嫌ですよっ!嫌に決まってます、お断りします」

歩きながら口を尖らせると、待ってましたと夢主の名を叫びながら沖田が走って来た。
まだ静かな朝の屯所内に、青年にしては高く清んだ沖田の声が響き渡る。

「ちっ、沖田め、余計なことを」

一旦夢主を部屋に置いてそれから一芝居打つつもりが、帰還に気付いた沖田にぶち壊されてしまった。予定外だ。

「夢主ちゃん!お帰りなさい、お元気でしたか、ずっと待っていたんですよ!」

沖田が喜ぶ間に夢主の名を耳にした男が何人か、慌てて部屋から飛び出して来た。

「夢主!!」

「お前、無事だったんだな!!」

あっという間に懐かしい面々に囲まれる。
嬉しそうに夢主の手を取る沖田を、斎藤は青筋が浮き出るほどに睨みつけた。

「どうしたんですか、斎藤さん」

「何でもない」

斎藤は明らかに不自然な声色で答えた。夢主は質問攻めにあっている。

「まさかとは思ったけどよ!墓まで建ってどれだけ心配したか!」

「大丈夫か、斎藤が捜し出したのか?」

「どこにいたんだよ!心配したぞ!」

「えぇと・・・」

答えに困り斎藤に助けを求めるが、沖田が以前三人で打ち合わせた内容を勝手に語り始めた。

「あぁ、斎藤さん随分と酷く夢主ちゃんを突き放しましたもんね!僕も斎藤さんを斬っちゃおうかと真面目に考えたくらいですから!」

そうだそうだと、笑って盛り上がる男達の中で斎藤は腕を組んで舌打ちをした。

「斎藤さんが夢主ちゃんを探し出して、頭を下げて戻ってきてもらったんですよねー!ね、そうですよね」

「あぁ、そうだったかな」

眉間に皺を寄せてぶっきらぼうに答える斎藤を原田や永倉が肘で小突いてくる。

「なんだよお前、あれだけ酷いこと言っておいてよ!随分と身勝手な男だな!」

「夢主を何だと思ってんだ」

「夢主、許すことぁねぇぞ!一発殴ってやってもいいくらいだ」

「いぇ、私はそんな・・・みなさんにご心配をお掛けしてしまって」

「お墓は、お墓の件は伊東さんの勘違いだったんですよ!ね!」

頷くような動作で夢主は目を伏せて、小さく頷いた。

・・・伊東さん・・・力になれなかった・・・ちゃんと話を聞いてあげられなかった・・・

夢主は今になり、伊東と向き合わなかった自分を悔いていた。
怖さを感じ、距離を取った。裏心に満ちた人だと決めつけて、近付く伊東を避けていた。
不器用で一途な人だったのかもしれない。今となっては分からない、もう声は聞けないのだから。

「はぃ。・・・だから、いろいろありましたけど・・・斎藤さんが迎えに来てくださって、嬉しかったです・・・」

静かに答えて俯いてしまった。
涙が滲むが、取り囲む男達のほうが胸を熱くして目頭を押さえた。
斎藤に怒りをぶつけるでもなく控えめな言葉、夢主の健気さに胸を打たれる。

「夢主、お前ってやつは・・・」

「ちっ、おい、俺は先に行く。沖田君に部屋に案内してもらえ」

「ぁ・・・はいっ・・・」

「おい、随分だな斎藤!」

「あの、みなさんと離れている間に私、陶芸を教えていただいたんです!ほんの少しですけど・・・」

耳打ちして人の輪から抜け出した斎藤に詰め寄る皆を引き留めようと、夢主は慌てて皆の気を引いた。
 
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