はじまりのロク
□はじまったロク
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私に友人と呼べる者はいない。
中学を卒業するまでついに友人ができることはなかった。無理もないとは思う。私は"個性"発現時から、国から特別扱いを受けてきた。つまり、どんなにバカでも国立の頭の良いお坊ちゃまやお嬢様がいる学校に無条件で入ることができるのだ。だからといって私も国の方針に乗っかるまま乗っかって何もせずに生きてきたわけではない。もちろん、その学校に見合うように努力はしてきた。定期テストでは上位をキープしていたし、授業も真面目に受けていた。しかし、たとえ私がどれだけ皆と同じ舞台に立とうとしても"国の個性"というレッテルから解放されることはなかった。
私はいつでもスポットライトを一人で浴びていた。
「おかえり、遅かったのね」
玄関のドアを開けるとエプロンをつけた母が出迎えてくれた。手には菜箸を持っている。
「わ、いい匂い。今日なに?」
「それを聞く前にただいまでしょ。なんで遅くなったの?」
質問に質問で返してくるあたり母は頑固だ。いや、私が悪いんだけれど。
「ただいま。合格通知を見せにいったあと先生の思い出話が長引いたのですよ」
昨日、入学することが決まった高校から合格通知(もちろん無条件合格だけれど形式上必要なのだ)が届いたので今までにお世話になった中学校の先生に報告をするついでにお礼をしにいったのだ。もちろん、先生は私がこの高校に入ることは知っていたから驚きはしなかったけれど、これから始まる新生活に激励をくれたし「壽は大人しくて手がかからなかったなぁ」から始まる懐かしい話を聞かせてくれた。
「本当に学校関係の皆さんにはお世話になったわよね。あんたがこんな真っ当に育ったのも先生やお友達のおかげだわ」
「そうだね、先生たちには感謝してるよ。こんな私でも皆と同等に扱ってくれて…」
「友達はできなかったけどね」
「待って、さっきの友達のおかげって言ってたのは何だったの?」
「母さん知ってるわよ。みんなあんたと友達になろうと思って話しかけてたのにあんたが避けるから変に刺激してもいけないと思って四苦八苦してたって」
「ま、待ってよ。確かに話かけてもらうことはあったけど避けてたつもりはないよ…?!」
「そうなの?でも担任の先生はあんたが原因で生徒に毎日泣きつかれるって保護者面談のときに言ってたけど」
このあと裏庭まで来てくれない?
つまりそれは「おう、ツラかせや裏庭でめったにしてやるぜ」ではなく「裏庭にあるテラスでお昼ごはんいっしょに食べない?」だったという。そうとは知らず私はお昼を誘われる度に引きつった顔で遠慮していたのだ。言われてみれば毎日のように穏やかに宣戦布告してくるものだからおかしかった。
「あんたどうしてそんなに可哀そうな思考もっちゃったの…?母さん惨めで仕方ないよ…!」
「いや待ってよ!あっちもあっちで誘い方ってものがあるでしょうが!なに?裏庭に来てって。ごはん一緒にどうでよくない?!」
「あんたが一般人だからお嬢様たちは扱い方がわからなかったのよ」
「なんで一般人に合わせようとするとヤンキーみたいな誘い方になるわけ?!おかしいじゃん!!」
信じられなかった。私は今まで友達ができなかったんじゃない。友達を作れる環境にいながら自分の被害妄想により作らなかったのだ!
「母さん、あんたの高校生活が心配」
「私もこれからの生活が心配」
しかし、そうとわかればもう何も恐れることはないのでは?誰も私が”国家指定個性”だからといって遠ざけるのでなければ普通に友達になれるはずだ。
「そうだよ……今まで自分から話しかけなかったのがいけなかったんだ!自分からいけば、いける…!」
今日で見納めの中学校の制服を脱ぎ捨て、長話をしている間にこげてしまった野菜炒めを無理やり頬張り、残り一週間の春休みを生まれて初めてわくわくしながら過ごした。