はじまりのロク

□カワラバンヤくん
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 放課後、日用品が不足し始めていたため私と相澤先生は近くのドラッグストアに来ていた。
 トイレットペーパーにハンドソープ、箱ティッシュはまだあったけれど一応買っておこう。あと、肩こり用の湿布。
 必要なものをカゴに入れていっていると相澤先生が「目薬を見てくる」と言うので、それぞれ買い物が済んだら出口で落ち合うことになった。
 「――あれ、壽さん?」
 店の奥で湿布を探していると聞き慣れた声に振り返る。
 「瓦版屋くん!」
 言わずもがなそこにいたのは「奇遇だね」と微笑む瓦版屋くんだった。
 放課後こんな風に友達とバッタリ出くわすなんて……なんだか、ぽい!(何がぽいのかは自分でもよくわからない)
 「そっか、壽さん寮暮らしだから自分で買い物しなくちゃいけないんだよね」
 瓦版屋くんは気遣いながらも「えらいね」と褒めてくれた。
 なんだろう、すごくお兄さんみたい。
 「瓦版屋くんは何を買いに来たの?」
 「僕?僕はこれ」
 そう言って手にもっていたものを見せてくれる。
 「"ミラクルハートめもる"…?」
 というポップな文字とハートのステッキを持った少女が描かれた小さな容器だった。子供用のシャンプーらしい。
 「妹が好きなんだ。これじゃないと洗ってくれなくて」
 「瓦版屋くん、妹さんいるんだ…!」
 この滲み出るお兄さんオーラは本物だったようだ。その優しい笑顔からは妹さんのことを大切に想っていることがわかる。
 「いくつなの?」
 「4歳だよ」
 「へぇ、随分はなれてるんだね」
 「うん……そうなんだ」
 瓦版屋くんは少し困ったように笑ってシャンプーに目を落とす。
 その表情はどこか影が落ちていた。
 何か悩んでいることがありそうだ。しかし、果たして私がそれを聞いてもいいものだろうか。普通、友達なら悩み事を聞いて解決の手助けをしてあげるんだろうけれど……いや、待てよ?私って瓦版屋くんと友達だよね?
 「か、瓦版屋くん!」
 「ん?」
 「私のことどう思ってる?!」
 違う、そうじゃない。
 「あ、えっと……私と瓦版屋くんって友達でいいんだよね…!?」
 「えっ?」
 私の突拍子もない質問にぽかんと口をあけた瓦版屋くんは暫く沈黙したあと可笑しそうに笑って頷いてくれた。
 「もちろんだよ。壽さんと僕は友達……って、今朝言わなかったっけ?」
 「あ、そ、そうだよね!そうでした!」
 笑顔が眩しい。友達とはこんなにも眩いものだったのか。
 いや、感動は置いといて。
 「あの、厚かましいこと聞くんだけど、瓦版屋くん何か悩んでない?」
 「…………どうして?」
 「ちょっと苦しそうだったから……あ、違ってたらごめんね!」
 出過ぎたことをしてしまっただろうか。
 でも、私にできることなら何でもしたいと思った。力になってこそ、友達と呼べるものになると思うから。
 瓦版屋くんは何かを考えるように目を閉じた。その瞼は震えていて、何かを必死に耐えているように思える。どこかで見たことがある表情だった。
 「(……相澤先生に似てる)」
 そうだ。相澤先生が時々見せる表情に似ている。とても辛そうな顔。何かに追い詰められているような、自分を責めているような顔だった。
 「壽さん」
 そっと目を開けた瓦版屋くんは助けを求める顔をしていた。
 「明日のお昼、時間もらえるかな?」


 瓦版屋くんと明日の約束をして別れ、会計を済ませて出口に向かうとすでに相澤先生が待っていた。
 「遅かったな」
 「すみません、偶然友達と会ったので話しこんじゃってました」
 そうか、と私の手から荷物を取り上げ持ってくれる。相澤先生は必ず荷物を持ってくれた。いつも全部ひとりで持とうとするので自分で持つ分を守るのが大変なくらいだ。今日はトイレットペーパーを死守した。
 「そうだ相澤先生、明日のお昼なんですけど友達と食べてもいいですか?」
 「…………ああ」
 「私がいなくてもお弁当ちゃんと食べてくださいね。ゼリーで済ませちゃダメですよ」
 「はいはい、ちゃんと食べます」
 私が弁当を作り始めてからというもの、相澤先生がゼリー飲料を飲んでいる姿を見かけることはなくなった。
 朝は一緒に朝食の準備をして食べて、お弁当は私が用意する。晩ご飯も二人で準備して食べるという習慣にはすっかり馴染んでいた。三食きちんと決まった時間にとることは結構大事なことなのだ。
 帰宅すると相澤先生はお風呂に直行する。湯にはつからないらしく10分ほどであがってしまうのだけど、最近肩こりが軽減しない原因がそこにもある気がしてきた。
 先に夕食の準備を進めているとお風呂からあがった相澤先生が合流して共同作業がスタートする。今日のメニューは焼き鮭と具だくさんの味噌汁、おから、きゅうりとわかめの酢の物と和風だ。
 「「いただきます」」
 相変わらず静かな食事時間だけど、気まずくはない。食卓にもテレビを置こうという案がでていたけれど、私は別になくても良かった。静かなこの時間が好きなのだ。
 相澤先生はどう思っているんだろう。
 「……………」
 相澤先生は気付いているのかいないのか、私が箸をとめて先生を見ていても気にした風はない。むしろ、それが普通というか。
 相澤先生に抱く違和感は日に日に増えていっている。
 一日のサイクルだって特に話し合ったわけではないのに最初から何不自由なく回っていたし、先生が私の思考を言い当てることは変わらずあった。その部分だけ見るとまるで熟年夫婦みたいだ。
 そう、まるで以前こうして二人で一緒に生活をしていたような、そんな気がする。
 「ごちそうさま」
 合掌する相澤先生のお皿は綺麗に空っぽだった。私のお皿にはまだそれぞれ半分以上残っている。
 それを見た先生は食器を重ねながら言った。
 「早く食べないと冷めるぞ」
 「………はい」
 相澤先生は、私が箸をとめていた理由を聞くことはなかった。代わりに自分の食器をシンクに持っていき洗い始める。
 洗い物が終わった後、先生はコーヒーを淹れて一服するのが最近のブームだ。私にも淹れてくれるのだけど、ブラックが苦手なため砂糖とミルクを加えてくれる。それがまた不思議なことに丁度良い甘さになっていた。
 「コーヒー、飯が終わってからにするか?」
 鮭身を口に運びながら頷くと相澤先生は向かいの席に戻ってきた。
 今度は先生が私を見る番らしい。
 「……友達となんかあったのか?」
 「え?」
 「なんか変だろ今日」
 その「なんか」があるとしたら、それは明日だ。今日ではない。珍しく私の考えていることを外した相澤先生は頬杖をついて私の返答を待っている。
 いや、別に珍しくはない。常に思考を見破られてしまっていては大変だ。ただ、少し、今はわかって欲しかったなと思っただけで。
 「なんでもないです。それより、あとで湿布貼るので凝ってる部分教えてくださいね」
 私が立てていた仮説はこの半月でより濃く、確かなものに近づいていっていた。
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