はじまりのロク

□はじめまして
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(相澤side)


 携帯端末に連絡が入ったのは、心当たりのあるところを一通り探して一先ず学校へ戻ろうとしていた時だった。
 画面に表示されているのは知らない番号だったが、壽に関係あるものだと疑わずにすぐに応対した。案の定、スピーカーからは「ロクから教わった番号に連絡している」という旨の緊迫した声が聞こえてきた。通話相手はその独特な早口と声からすぐに緑谷だとわかったが、むこうは俺のことをまだ知らない。何が起きているのか知らないが危険な状態であることに代わりはないだろう。余計な混乱を招かないよう、初対面であるような対応を心がけて現在地と簡単な状況説明を尋ねた。

 幸いにも現場に民間人は(緑谷を除いて)おらず、最悪の事態は免れたようだった。どこかからサイレンの音が聞こえてくる。現場に向かいながら緑谷と通話している際にマイクにこの場所のおおまかな位置情報を送っておいた。状況を察して関係機関を向かわせてくれたのだろう。ということは、すぐにでも誰かしらヒーローが到着するはずだ。
 だが、現場には敵らしき人物の姿はない。所々地面が陥没し、いたるところに川の中にあったであろう岩がごろごろと転がっている。
 「!」
 河川敷の芝生が広がっているところに壽はいた。壽と話している緑谷の顔は不安げだが、兎にも角にも、二人とも無事なようで良かった。
 「壽…!」
 「! 相澤先生…!」
 振り返った壽を見て、その先の言葉が出なかった。
 その顔は蒼白で、怪我をしているのか顔の半分は上着でおさえられていて見えない。しかし、その上着は明らかに壽の鮮血であろう色で真っ赤になっていた。吸収しきれなかった血が地面に滴っている。見れば、壽の足元には、体を巡る血がほぼ全て流れ出てしまったかのように血の海が広がっていた。だというのに、本人は「痛みはない」などどのたまう。アドレナリンが大量に分泌されて痛覚が麻痺しているらしい。
 緑谷に礼を言い、到着した救急車に壽の肩を抱いて乗り込んだ。春先の冷たい川の水を浴びていたこともあり、壽の体は冷え切っていた。死んだ人間よりも冷たい。
 救急車の中でも壽はしばらく休憩時間に雑談をするように喋り続けていたが、看護師に一喝入れられると大人しくなった。そしてようやく神経がぼろぼろの体の状態に適応してきたのか、気を失うように眠り始めた。
 「………」
 目を閉じたまま、微塵も動かない壽を見ていると落ち着かなかった。体に触れながら耳元で名前を呼びたくなる衝動をおさえる。わかっているが、何度も「気を失っているだけだ。回復すれば目を覚ます」と呪文のように頭の中で繰り返していた。
 「手を」
 顔をあげると点滴のパックを持っている看護師と目があった。
 「手を握ってあげてください。今、意識はありませんが、心は一人で闘っている最中ですから」
 壽は今、エネルギーの消費を極力おさえて闘いに専念しているのだと言う。視覚も嗅覚も聴覚も全て遮断し、真っ暗な場所で一人、見えない相手と闘っているらしい。
 「………、」
 少し力を入れれば崩れてしまいそうな華奢な手を両手で包み込めば、徐々に体温が戻っていくような気がした。俺の熱が壽の命の灯の一部になっているような、そんな願望混じりの感覚があった。
 壽の不安を和らげるために握った手は、他の誰でもない自分を安心させるためのものだった。
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