short story

□夏色狂想曲
1ページ/1ページ

 夏祭り――それは夏の醍醐味。
 待ち合わせ場所で緑谷くんを待っているときからわくわくが止まらなかった。何度も浴衣の首元を正す。傍から見ると彼氏を待っているように見えちゃいないかと思うと少し恥ずかしかった。
 鞄からスマホを取り出して時刻を見れば集合時間の5分前になっていた。彼のことだからもうすぐ転げそうになりながら走ってくるだろう。その姿を想像して思わず笑ってしまい、鞄にスマホをしまって顔をあげたその時だった。
 「楽しそうだなァなまえ?」
 「ばっ…!!?」
 目の前にいたのは待ち人の緑谷出久ではない。爆豪勝己その人だった。
 「俺を差し置いてデクの野郎と夏祭りとはどういう了見だあ゛ァン?!」
 「ば、ばば爆豪くん、なんでここに…?!」
 「"爆豪くん"だァ?」
 「かっ、勝己くん!!!」
 手のひらから無条件に発生する爆発は、ば…勝己くんのイライラをアピールしている。BOMB!と爆炎が上がるたびに殺されるのではないかという恐怖に私はビクビクしていた。歯並びの良い爽やかな笑顔を浮かべているが米神にはっきりと血管が浮き出ているのがまたおぞましい。
 「あのですね、緑谷くんとは前から約束をしてまして…」
 「だからンでデクと先に約束してんだよ!!」
 「ごめんなさい!!!」
 ば…勝己くんは盛大に舌を打つと私の腕を引っ掴んで人混みの中を闊歩していく。私は恐怖のあまりどうすることもできずにば…勝己くんに引っ張られるまま歩いた。
 人に当たろうがお構いなし。それどころか「どけクソモブ共が!!!」などと言いながら人々を道の端に避けさせ己の道を作っている。私は恐怖と羞恥で死にたくなった。しかし、そこでふと思い出す。
 「ば…ッかつきくんッ!」
 「オイコラなまえ……誰に向かってバカっつってんだ…?」
 恐ろしい誤解生んじゃったよ!!
 「ご、ごめん!私まだ爆豪くんを名前で呼ぶことに慣れてなくて…!」
 ひたすらに謝り続ける。お祭り騒ぎを一旦中止して私たちに注目している人たちの視線はそれは恥ずかしかったけれど爆豪くんにこのまま炙り殺されるより謝って許されるならその方が断然良かった。
 「それにその……緑谷くんに何も言わずに来ちゃって……緑谷くんに悪いよ…」
 私の腕を掴んでいた爆豪くんの手が緩み、解放される。私は納得してくれたのかと思い俯いていた顔をあげた。
 「口を開けば緑谷くん緑谷くん……」
 「……………ヒ」
 飲み込もうとするも悲鳴は漏れた。
 「テメェはデクの召使いかよクソ女!!!!」
 「やっ……!」
 爆豪くんの怒りとともに爆発した手は熱風と共に私を吹き飛ばした。
 「!」
 地に足がついていないのはとても恐ろしかった。落下する恐怖もひどいものだった。その間ずっと皮膚の表面がチリチリと痛んで苦しかった。それでも、それ以上身体に痛みが加わることはなかった。
 「苗字さん大丈夫?!」
 硬い地面に叩きつけられる恐怖から閉じていた目を開けると緑谷くんの冷や汗が浮かんだ顔が私を見下ろしていた。
 「み、緑谷くん……」
 彼の顔を見た瞬間、緊張の糸が切れて一気に涙が溢れだした。
 涙は止まることを知らず次から次へ流れて、緑谷くんが優しく抱きしめて背中を撫でてくれると余計に止まらなくなった。
 「かっちゃん酷いよ。女の子にこんなことするなんて…!」
 芯のある声がすぐ頭上で響いた。瞬間、激しい爆発音がとどろく。
 「ふざけんなよデク?!誰の許可もらってそいつ抱きしめてんだ!!よこせ!!!」
 「よこせって……苗字さんを物扱いするような言い方やめてよ!」
 「ッ……言ってんじゃねェよクソナードがァアアッ!!!」
 ひと際大きな爆発音がしてハッと顔をあげれば、まさに爆破を生み出すその手が緑谷くんの顔を掴もうとしているところだった。
 「やめ…ッ!」
 手を伸ばそうとした瞬間、轟音とともに一陣の風が吹いた。
 その風は目の前の爆豪くんを攫い、私たちに理解不能を落としていって、Aクラスの皆を連れてきた。
 「なまえちゃん、デクくん大丈夫?!」
 何が起きたのかさっぱりわからず唖然としている私たちの前にお茶子ちゃんが駆けよってくる。
 「遠くからでも爆豪の声はっきり聞こえてたんだけど」
 「あれも一つの"個性"みたいなもんだよな」
 響香ちゃんと上鳴くんもやってきて呆れながら風が吹いていった方を見た。
 林の中、何かがうごめいている。
 「ッなせ端役!!!ぶっ殺すぞ!!!」
 「相も変わらずなんてことを言ってるんだ君は!?敵か!敵なのか?!」
 「落ち着け飯田。拘束ゆるめるとすぐ逃げ出すぞコイツ」
 「いやお前が凍らせてる時点で俺たちの拘束いらねーから」
 私たちの目の前から爆豪くんを目にもとまらぬ速さで攫ったのは"個性"を使った飯田くんで、暴れる爆豪くんの身体を氷漬けにして動きを封じ、さらに罵詈雑言が飛び出る爆豪くんの口を切島くんが抑え込んでいた。
 「大変だったわね、苗字ちゃん」
 「………梅雨ちゃん…」
 目線が合うようにしゃがんだ梅雨ちゃんが頭を撫でてくれた。
 「おい瀬呂、いつ爆破起こして逃げるかわかんねーからいつでも拘束できるように準備しとけよ」
 「あいよ」
 見れば爆豪くんは切島くんの硬化した手に噛みつき轟くんの氷結から逃れようともがいているところだった。あの様子だとすぐにでも脱出しそうだ。
 「今のうちですわ。さあ、立って」
 百ちゃんが私の腕をひいて立ち上がらせてくれる。足がすくんで倒れそうになったところを先に立ち上がっていた緑谷くんが支えてくれた。
 「爆豪はあたしたちに任せて二人はお祭り楽しんできなよ!」
 「え……で、でも」
 「いいからいいから!あんなうるさいのに付きまとわれてると楽しめるもんも楽しめないしね!」
 三奈ちゃんと透ちゃんがすかさず私と緑谷くんの背中を押して「行け」と催促してくる。流石にそれはできないと言えば、「ここにいれば爆豪に殺されるだけじゃない?」の一言で私たちは皆に感謝してその場を後にした。


 「祭りってどうやって楽しむんだっけ」
 私たちは最早、祭りの楽しみ方を忘れていた。頭の中は爆豪くんのおぞましい顔ばかりが浮かんでお祭りどころではない。
 「と、とりあえず射的とかしてみる?」
 「………ごめん緑谷くん…撃つ前に爆豪くんに撃たれそうだからやめとくよ…」
 「かっちゃんに撃たれちゃうの?!」
 逃がしてくれた皆には悪いけれど、すでに楽しめるものも楽しめない状態になっていた私たちはコンビニに寄って近くの公園へ行くことにした。
 お祭り会場になっている神社から少し離れたところにある公園はとても静かだった。昼間は子供たちが走り回り夜はくたびれたサラリーマンがブランコを漕ぐけれど今は私と緑谷くん以外誰もいない。ジャングルジムの一番上まで上ると遠くに提灯の温かい光が見えた。
 「大丈夫?」
 コンビニで買ったオロナインを頬に塗っていると緑谷くんが心配そうに窺ってきた。ヒリヒリするけど大したことないと言えば「そっか」と苦しそうに笑う。
 「ごめんね……僕がもっと早く来ておけば…」
 「そんな、緑谷くんのせいじゃないよ!もとはと言えば私がビビリで爆豪くんに強く言えないから…!それで、緑谷くんを置いていっちゃう形になっちゃったし……ごめんね…」
 「僕のことはいいよ!もとを辿ればかっちゃんと付き合ってる苗字さんを誘ったのがマズかったんだし…」
 「いやそれでも私が…………え?」
 緑谷くんの衝撃的な言葉に惜しげもなく驚いた。というのも、私は生まれてこのかた彼氏がいたことがない。
 「彼氏?誰の?」
 「え?苗字さんの…え?」
 「私の?誰が…?」
 「か、かっちゃん…?」
 「爆豪くん?彼氏?私の?」
 「え?」
 「え?」
 私たちはしばらく沈黙したあと盛大に笑った。気が済むまで笑ったあと、大確認大会が始まる。
 「爆豪くんと私が付き合ってるって!何がどうしてそうなっちゃったの?!」
 「み、皆そう言ってるよ!」
 「なんで皆そんなこと言ってるの!?」
 「よくわからないけど、前に切島くんがかっちゃんに苗字さんがかっちゃんのこと好きって言ってたって言ったらしくて…」
 「ま、待って、いつ私がそんなこと……」
 記憶をたどれば確かに切島くんにそれと似た話をしたことがあるのを思い出した。似ているというのは妥協に妥協を重ねたうえでの言葉だけれど、とにかく私はあのとき切島くんに「爆豪っていいところあるの?」と聞かれて昔こけたときに保健室に連れて行ってもらったエピソードを話しただけである。一度も「好き」という言葉を言った覚えはない。
 「そもそも爆豪くんにそんな恐ろしいこと言えないよ…!私がそんなこと言ってたなんて知ったら爆豪くん……!」
 言わずもがな私を殺しに来るだろう。
 「というか切島くん本当に言っちゃったの?!いつ?今日?さっき?!だから爆豪くん、待ち合わせ場所も知ってたしあんなに怒ってたの!?」
 「お、落ち着いて苗字さん…!」
 これが落ち着いていられるわけがない。手がすべってオロナインが落ちた。それをきっかけにジャングルジムを震える足で下り始める。
 「ご、ごめん緑谷くん、私帰るね…」
 「待って!」
 「…?」
 顔をあげれば何かを決心したような緑谷くんが私を見下ろしていた。
 緑谷くんはジャングルジムから飛び降りて私に手を貸してくれる。差し出された手を取り地面におりると真っ直ぐに私を見つめる緑谷くんと目が合った。
 「かっちゃんに待ち合わせ場所を教えたの、僕なんだ」
 「…………え…?」
 「かっちゃんと勝負したかった。といっても殴り合いじゃないよ。それじゃ苗字さんが悲しむだけだと思うから。でも、場合によっちゃそうなるかもしれないと思ってた」
 「あの……緑谷くん…」
 「今のままだとかっちゃんは苗字さんのことを護ってあげられない。傷つけるだけだと思って。でも僕ならきっと、苗字さんを傷つけることはない。まだ"個性"を使いこなせないし絶対に護るなんてかっこいいこと言えないけど、でも、僕の命に代えてでも君のことを護りたいって、思ってて」
 「ま、待って!!」
 緑谷くんの顔の前に手のひらを突き付けてそれ以上の言葉を押さえつけた。
 もう十分。これだけ聞けばどんなに鈍感な人でもわかってしまう。
 「さ、さっきから話がおかしいよ緑谷くん」
 「…………」
 「まるで緑谷くんと爆豪くんが……わ、私のこと好きって言ってるように聞こえるんだけど…」
 指の隙間から見える緑谷くんの大きな瞳が月明りに照らされて輝いていた。
 「そうだよ。僕もかっちゃんも苗字さんのことが好きなんだ」
 その目は真剣そのものだった。嘘なんかついてない。
 「………そんなの、困るよ…」
 どんな感情よりも先に困惑があった。
 「それって、僕が苗字さんを好きだから困ってるの?それともかっちゃんが苗字さんを好きだから?」
 追い打ちをかけるように問いかけてくる緑谷くんは気迫があって思わず後ずさった。
 「その質問おかしいよ…爆豪くんはしょっちゅう私にイラついてるし私だって爆豪くんのこと怖いし……爆豪くんが私のこと好きっていうのはありえないよ。私も爆豪くんに抱いてるのは好きっていう感情じゃなくて怖いっていう感情で…」
 「苗字さん」
 「……な、なに?」
 緑谷くんは泣きそうに笑っていた。
 「さっきからずっとかっちゃんの話ばっかりだ」
 
 
 向こうでまだお祭り騒ぎしている声がする。
 私は一人ブランコに乗ってぼうっとしていた。緑谷くんはいない。どうやって別れたのかわからないけど、たぶん帰ったのだと思う。
 私はずっと考え事をしていた。
 「おい」
 気が付けば少し離れたところに爆豪くんが立っていた。
 「爆豪くん」
 「下の名前で呼べっつったろ」
 「………どうしてここにいるの?」
 「無視かコラ。つかいたら悪いんか」
 「…………」
 「無視かって言っとんじゃクソ女あんま調子乗ってるとぶっ殺すぞ!!!」
 不思議と火花をバカみたいに弾けさせる爆豪くんを怖いとは思わなかった。代わりに爆豪くんは私を殺せやしないのだと漠然と思った。
 黙ってブランコを漕いでいると爆豪くんは手をおろし、ザクザクと砂場を縦断して私の前に立った。くしゃくしゃになったズボンの裾を乗せたつま先が見える。
 「お前、俺のこと好きだろ」
 「!」
 吃驚して顔をあげると珍しく怒っていない爆豪くんの顔があった。
 「それが、わからなくて」
 「好きって言えや」
 「そんな無茶苦茶な…」
 「無茶でも苦茶でもねーわ。デク振って俺も振る気か」
 爆豪くんにこの場所を教えたのは緑谷くんだと気が付いた。
 「何か言えや」
 「……………」
 「ッ〜〜〜〜悪かったなァ!!!」
 「…………え?」
 爆豪くんは短気だ。だから沸点を突破した瞬間、罵詈雑言を浴びせられるのだと思っていた。けれど、聞こえてきたのは聞き間違いでなければ謝罪の言葉だった。
 「来いや!!」
 「え……あの、爆豪くん…え?」
 「黙っとけ!バンソコー貼ったるわクソが!!!」
 「バンソコー?もしかしなくても私に?」
 「急に喋り始めんなクソ女黙っとけ!!!」
 私の腕を掴む手は乱暴だけれど、怪我を気にしている辺り律儀というかなんというか。
 確かに爆豪くんのそういったところを私は好きだ。たぶん、それがこれからただの好意ではなく恋愛感情の好意に変わっていくんだろうなぁと思わざるを得ない。 
 

 
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ