short story

□ラブイズミッション
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 私は出久くんが好きだ。
 「おはよう、緑谷くん」
 "出久くん"と呼ぶのは心の中だけ。
 「苗字さん、おはよう」
 「うっ…!!」
 「苗字さん?!ど、どうしたの!?」
 出久くんの笑顔が眩しくて心臓が破裂しそうになるくらいには、私は出久くんが大好きだ。


 「ひ、ひえぇぇ……出久くんがごはん食べてるぅ」
 「………苗字、アンタいい加減気持ち悪いよ」
 お昼は食堂に行くことが多い。出久くんが麗日さんや飯田くんと一緒に食堂で食べていることが多いからだ。
 私は友人の響香ちゃんと一緒に出久くんのテーブルから少し離れたところで出久くんがお昼ごはんをおいしそうに頬張っているのを眺めながら自分の弁当を食べるというのが日常だった。
 「い、出久くんカツッ……かつ丼のカツ食べてるぅ…!!」
 「ねぇカツ食べてる緑谷のどこがそんなに感動するわけ?」
 見れば、響香ちゃんが顔を引きつらせて私を見ていた。私はタコさんウィンナーを取りこぼす。
 「わっ……かんないの響香ちゃん?!出久くんがカツを……かつ丼を食べているという神秘現象が!!!」
 「神秘現象って何……普通にごはん食べてるだけじゃん」
 ダァンッ!
 感情のままにテーブルを叩くと響香ちゃんがビクリと肩を震わせた。
 「ちゃんと考えてほしい……彼がごはんを食べているということを……ごはんを食べるということは生きるためのエネルギーを摂取しているということ……つまりそれは彼が毎日学校へ来て、授業を受け、学び、失敗し、進化する……そして、友人たちと他愛もない話をして笑顔になる……たまに爆発さん太郎から罵声を浴びせられるも、しかと受け止め、己を強くするためのバネに変える……その全てはごはんを食べることから、かつ丼を食べることから始まるんだっていうことを!!!」
 やけに語尾が響いたと思えば、食堂内は静まり返っており、全生徒の視線が私に注目していた。
 「………アンタの頭の中はわからんけど、言いたいことはまあわかったよ」
 「………うん」
 「教室行こっか」
 「うん」
 私たちは食べかけの弁当をかかえて逃げるように食堂を出た。


 「苗字さん」
 「いずッ?!………み、緑谷くん、どうしたの?」
 放課後、帰るために鞄の準備をしていると出久くんが話しかけてきた。私と同じく教科書を鞄に入れていたのだけれど急に立ち上がったものだからトイレかと思っていたら、こちらに向かってきたので吃驚した。
 出久くんのことは常に視界に入れるようにしているから大体の行動は予測できるのだけれど、今回は外れてしまったようだ。
 そんなことより、出久くんの方から話しかけてくるなんて、こんなに幸せな時間はない。注意して聞かなければ。
 「あの、苗字さん、かつ丼……」
 「…………私……かつ丼…?」
 「ああああ違う!苗字さんがかつ丼じゃなくって!」
 自分を指さしながら言えば、出久くんは顔を真っ赤にしながら残像が見える勢いで手を動かす。ああああこれを真正面から見られる日が来るとは神様ありがとうござああああ耳まで真っ赤なんじゃそりゃ好きぃいいぃいいいい!!!!!!
 「いや、その!お昼にかつ丼を熱く語ってたから、もしかしたらかつ丼好きなのかなって!思って!!」
 「好き好き!うん、好き大好きほんっと好き!毎日食べてる!」
 「ほ、ほんと…?!」
 お昼にかつ丼について熱く語った覚えはないし毎日食べてるというのは若干嘘(出久くんが好きそうなかつ丼は毎日探してメモをしている)だけれど、出久くんの表情が柔らかくなっていく過程を見ているともうなんか全てがどうでもよくなった。
 「実は僕もかつ丼大好きなんだ…!」
 「へぇ、そうなんだ…!」
 全然知ってる!
 「それで、あの……」
 「?」
 照れてるーーーーー!!!!俯いて!頬かいて!目が泳いでるーーーーー!!!!!写真!!!響香ちゃん!!!響香ちゃん写真!!!スマホーーーーーーー!!!!!
 興奮のあまり破裂しそうになっている心臓を抑えながら響香ちゃんの席を振り返ると、そこは無人だった。
 先帰ったんかーーーーい!!!一緒に帰ろ言ったのお前だろがーーーーーー!!!!!
 仕方なく震える手で自分のスマホを取り出せばロック画面に「面倒事に巻き込まれそうだったので先に帰ります」という不自然なほど丁寧なメッセージが響香ちゃんから届いていた。
 「ガッデム!!!」
 「うぇッ!?」
 「!」
 しまった!つい口に出てしまった!あぁ、なんてことだ!出久くんが怯えてしまっている…!私の出久くんの中のポジションは「大人しくて憂えていて気がきく優しいクラスメイト」なのに!ガッデムという言葉は不釣り合いにも程があるッ!失言だッ!取り繕え苗字ッッ!!
 「ガ……ガッデム、どこにしまったかな〜……あ、ガッデムじゃなくてガムテープだった〜!うちではガムテープのことをガッデムって呼ぶからつい言い間違えちゃった〜アハハ!」
 「…………」
 なんとも苦しいようだ!
 少し顔が引きつっているか…?!もしや引かれている!?いや、出久くんはどんな人間でも分け隔てなくその地平線が見えてしまう心の広さで受け入れてくれるからそんなことはない。きっと今私は「体調悪いのかな?」程度に思われているはずだ。
 「もしかして苗字さん、体調悪い?なんだか汗もひどいし顔も赤いような…」
 そらきた!ああなんて優しいの出久くん。私は大丈夫だよ。でも少ししんどいかな……出久くんと「おはよう」「また明日」以外の会話をしたのは3週間ぶり。しかもこれだけ長い時間お話ししてるのは2か月と16日ぶり。供給過多ってやつね……日々出久くんを眺めて出久くんを補給してる私にとって今日という日はいささか充実しすぎたようなのよ……だから…
 「実は今朝から熱っぽくて…」
 これ以上こうして出久くんと対話していると寿命分の幸せを使い切って死んでしまいそうだから離脱しよう。こんな時間滅多にないから悩むところではあるのだけれど、
 「あっ、そういえば今朝苦しそうにしてたよね…!ごめんね、気づかずにダラダラ喋っちゃって!」
 うわああああ出久くんが謝ってるぅ!!!心が痛い!!出久くんは何も悪くないのに!!そんな辛そうな顔しないで!でもありがとうございます!!!
 「ううん、こっちこそごめんね!お話できて良かったよ。また明日」
 「う、うん!また明日!」
 出久くんに不快な思いをさせないような挨拶はできているはず。だから明日からも話しかけてくれることがあるはず!
 思えば出久くんとは卒業するまで一緒の学校にいるんだから少し長い話をしただけでリタイアするのは勿体なさすぎるなぁ……これからは積極的に話しかけてみようか?いやでも私は大人しくて優しいクラスメイトを演じているわけであって、それに今更食い気味に絡んでも変に思われるかもしれない。ああ、恋とは難しき道かな…。
 「苗字さん!」
 「はい!!」
 呼び止められたーーー!!!今日めちゃくちゃすんごいたくさん名前呼んでもらえるんだけどもしかしなくても寿命が尽きようとしているのかーッ!!?!!好きだ出久くんーーーッッ!!!!
 「お大事に!」
 ンンンンンンン!!!
 「………ありがとう、緑谷くん」
 「それと!」
 大変だ!これ以上何か優しい言葉をかけられると腰が砕ける!!でも逃げたら確実におかしい!耐えろ!耐えるんだ苗字!!!
 「苗字さんが体調の良い時にかつ丼食べに行かない…?その……おおお、おお、おすすめのお店があるんだ!」
 「行きます」
 腰が砕けるのと返事をしたのはどっちが先とかなく、同時だったように思う。

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