コ/ナ/ン

□2章 DC
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降谷 零 side end


最後の大会だというのに、俺は急な肩の痛みに試合を棄権した

こんなの大したことはないと軽く考えたいた

でも、現実はそんなにあまくはなかった

医者である名字の母親から言い渡された言葉は、あまりにも俺の心に深く突き刺さった

「前と同じようにテニスは出来ない」

顧問の先生は隣で励ましの言葉を投げ掛けている

「もう三年なんだから部活も終わりだから逆に良かったじゃないか
それに、テニスができなくなる訳じゃない」

分かってる、分かっているんだ
三年生だから部活も辞めるということも
テニスが今後出来ないわけでもないということも
でも、これから先も高校になっても、更に上手になって大会に出たりしたかった

でも、今ここでそれをぶつけたところで先生は困るだけだ
自分の感情に蓋をしてうつむく


拳を強く握りしめながら、待合室で先生が会計が終わるのを待っていた時だった

そのとき、名字が全身ずぶ濡れになってやってきたのが目に入った

周りの人たちは名字を見ては驚いた表情をしている

それもそうか、必死な形相でしかもずぶ濡れなのだから
おまえ、目立つのは嫌じゃなかったのかとか、風邪引くぞとか色々考えているうちに名字に抱き締められていた


「名字…………どうしてここに」

あまりにも自分の声が震えていたことに驚きつつ名字に聞いてみる

「お母さんから電話があって…………黒君が肩を痛めたって聞いて……」

そういえば名字の母親に診てもらったんだからそうなるよな
でも、何故名字を呼んだのだろうか
俺はいつのまにか頼んでいたのか?

「そうか…………なぁ、俺優勝…………出来なかった」

俺は別に言わなくてもいいことをポツリポツリと呟いていた


「…………うん」


「もう、テニスは今までと同じようには…………出来ないらしい」

「…………うん」

名字はまるで何でも受け止めるという風に、ゆっくり頷きながら俺の話を聞いてくれる
それが心地よくて俺は心の中で塞き止めていたグチャグチャした感情を吐露してしまう

「なんで、なんでだよ
俺はこの先もずっと、ずっとやっていきたかった」

溢れだしたものはもとには戻せない
言葉も涙も全て流れていく

「どうしたら、いいんだよ
これから俺は…………」

もう、分からない
名字に問いかけたところでわかるはずもないのに、訳もわからなくすがってしまう

「それは、零君が決めることだよ」

一瞬、突き放されたのかと錯覚し怒りが沸き上がる

「決めることなんてできるはずがないだろ!
テニスをやりたいと願っても出来ないんだから」

こんなのただの八つ当たりだ
子供っぽい自分に嫌気がさす

「テニスだけが、零君の幸せなの?」

俺が八つ当たりをしたにも関わらず、名字は優しく問いかけてくれる

幸せ…………そういえば前もこんな話をした
あのときは俺が告白されていた時だったな
今の俺は幸せだということを話したことを思い出す

名字は不意に少し抱き締める力を弱めて俺の顔を見つめてくる

俺は何かにすがってないと今にも倒れてしまいそうで、必死に名字が離れないように腕を掴む

「…………俺の幸せ」

「そう、君の幸せはまだ沢山ある
零君には部活仲間がいる、そして夢もある
それに、私がいる
君が悲しいときは一緒に泣いてあげる
苦しいときは私にちょうだいよ
私にとって、零君は親友なんだから」

なんでおまえが泣いてんだよ…………本当にこいつはお人好しすぎるだろ
それに親友?俺達が?
俺には親友と呼べた者は一人もいなかった

それがこんなに身近にいたなんてな


「親友…………か
ハハッいいな、それ」

俺は倒れこむように名字を抱き締める
名字の冷たい体に、俺は涙が更に込み上げてくる

雨のなか、必死になって俺のために駆けつけてくれたんだな

「そう、私たちは親友なんだから」

「そうだな…………俺の親友はアホで大雑把で運動音痴だけど」

「…………悪いところだらけじゃん」

俺の耳元でクスクス笑っている声を聞きながら俺も笑ってしまう

「でも、俺の正義のヒーローだ」

初めて会ったときから名字は俺のヒーローだ

「そっか…………じゃあ正義のヒーローは零君が困ったときは助けに行くからね」

「…………ああ、待ってる」

鼻がつきそうなほど顔を寄せて俺たちは笑いあった


俺も名字が苦しいとき、悲しいときは駆けつける
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