読み物

□寿命最後の数十年
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透明なカプセルの中で眠る私と、それを観察する様に取り囲む白衣の人間。ぼやける意識の中でうっすらと耳に入った肉声。

『これはもう吸血鬼ではなくただの人間だ』

目をぐるりと回して視界を動かすと何やら包帯でぐるぐる巻きにされた私の腕。それに自慢の金髪にも赤黒い血がこびりついている様にも見える。久々に身体が軋んで節々が痛んだ。まだ完治しきれていないのか傷口がじくじくと痺れを生む。私は、ここ百年程忘れていた痛みを、今思い出したのだ。
(痛い…首から下がまったく馴染んでいない頃の様に上手く動かせない……睡魔が襲ってくる…異様に意識を保つのが怠い……)
とろとろと意識を溶かす微睡みに再び瞼が下がってくる。眠い。このまま研究材料にされようが何でもいい。疲れた、ずっと意識の下で眠っていたい。
時折、指先が痙攣したかの様にひくひくと動く。不思議と死ぬという感覚とは違い、ただ無意識の海に潜り込む様な、心地いい安心がそこにある…そんな眠気が背中から這い上がってくる。
(…疲れた、疲れてしまった)
私の記憶は承太郎に敗れた所で止まっている。恐らく承太郎は何処かの研究施設に私を送り込んだのだろう。白衣の人間が、ひそひそと何かを話しているのを最後に、

私の意識は深い闇に沈んだのだった。


















「DIO、聞こえるか。俺の声が分かるか」

次に目を覚ましたのは簡素なベッドの上だった。
普通の、生活感の溢れる部屋に本棚の方に気を取られる。目を凝らしてよく見ると海洋学に関する分厚い専門書がずらり、それとミステリー推理小説がちらほらと並んでいた。やがて、声のした方向に目をやると何やら、懐かしいと言うか子憎たらしいと言うか、何年も前に見た顔をした男がいたのだ。
「DIO、俺の事を覚えているか」
「……」
あのカプセルの中で眠ってからどれだけの時間が立ったのだろう。少なくとも私が声の出し方を忘れるくらいの長い時間が過ぎたと思う。渇いた喉がどうにも上手く機能しなくてどうしようか、と目の前の男をぼんやりと見つめているとぱたぱたと喧しい足音を立てて部屋を出て行ってしまった。
何か不審な事でもしてしまったのだろうか。
一先ず状況を整理する為にきょろきょろと辺りを見回す。私が今座っているのはキングサイズのベッド。恐らく此処は寝室だろう。小さなカーテンはぴっちりと閉められており、ベッドサイドにある小さなランプが温かな光で最低限照らしているのみ。ランプのすぐ近くに何やら紙切れ…古い写真の様なモノが落ちている。拾って見るとそれは念写された、カイロにいる私の写真だった。
(また少し懐かしいモノを……)
ぽい、と無造作に写真を投げ捨てると、上手く動かない身体を引き摺って本棚へ移動した。
(そういえば包帯も傷もなくなっているな)
ふと気がついて腕を見ると、カイロにいた頃よりは痩せてはいるが傷の痕もない生白い、見慣れた私の腕がある。長い睡眠にも関わらずガリガリではないのが妙に不思議だ。
考えても分からないのだから仕方ない、と本棚に視線を戻すと後ろでドアが開く音がした。
「まだあまり無理はしない方がいいぜ。完治したとはいえ何年も動いてねぇからな、少し痺れるだろう」
眩しい光を背にした男__承太郎がペットボトルを片手にドアを閉めて此方へと近づいてくる。声も出せない今は近寄るな、の一言も言えないので素直に大人しく見つめていると、そんなに穴が開く程見つめるななどと戯言を抜かすのだった。
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