スクイーズ篇

□地中に埋まった蟬
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 十助の処理後。軌川邸から出て、通信で報告を済ませると、個人の携帯電話で蝶に電話を掛ける。
****
「今から会えないか」
蝶がもしもしという一呼吸前に先にスクイーズは尋ねた。彼らしくない、急いているような言い方に、蝶は少し訝しむ。
 うーんと悩むふりをしながら、スクイーズの呼吸を聞いてみる。荒くはないが、浅い呼吸をしている。何か不安そうな気配も感じる。頭に地図を思い浮かばせて、少し考える。
 蝶は指定の場所まで来てもらうようにお願いした。スクイーズが微かにほっと息を吐くのが聞こえ、蝶がお願いねと言い終わらずに電話を切られた。
 暫くして、指定した場所にスクイーズが迎えに来た。車に乗りはしたが、スクイーズが無言でいるので蝶もつい無言でいてしまう。
 ちらっと彼を見ると、少し疲れた顔をしている。
「どうしたの?」
蝶が心配そうに聞くと、スクイーズは彼女にもたれ掛かった。
  蝶はぎょっとし、スクイーズを見る。
「え、と、どこか怪我をしたの?」
「怪我はしてない。少し、少し疲れただけよ」
無理をして笑ってみたが、口の端を歪めるだけだった。それを見て、蝶は少し心を痛めた。
「……今は無理しておねえ言葉ではなくてもいいんだよ……?」
“スクイーズ”としている時は基本的には女性のような言葉遣いは一切しないが、蝶に関しては二人きりの時に限り、普段と変わらない女性の言葉遣いでいるようにと蝶がお願いしたのだ。
「いいの、私がこっちの言葉でいいたいの」
「ならいいけど…。ちゃんと私も連れて行くようにしてよ。なんのために任されているのか分からないもん」
「………流石ね。お見通しってわけね」
「言い出しっぺは私だもの」
蝶がスクイーズとの任務の帰りに、もたれ掛かったりするのだ。よくそのまま蝶が寝てしまい、スクイーズを困らせるのだが、彼女が起きるまでじっとしてしまうのだ。
「それもそうね……。ねえ、もう少しこのままでもいいかしら?寝てしまうかもしれないけど、ね」
「警察に補導されなければ」
 クスクス笑って、彼の頭を撫でる。どういう理屈かは蝶も知らないが、スクイーズと共に行動すると高確率で警察官に呼び止められるのだ。今いる場所も警察官が見回りとして来ない場所を考えて指定したのだ。
「それにしても、いつもは私が一方的にするのに、どういう吹き回し?」
「会いたくなった……では駄目かしら」
「あははは、スクイーズが彼女みたい」
「か、かのっ!」
思わぬ発言にスクイーズは一気に真っ赤になる。このようなことを蝶はさらりというのだ。スクイーズには恋愛対象としてのパートナーがいないのを知っていて、人の肩にもたれたり、外出に誘ったりしてくれるのだ。スクイーズを恋愛対象として見られているのかは、スクイーズは解らない。解ったとしても、『何』が変わるのだろう。
「そういうなら、彼氏でしょ」
あははは、そうだねと蝶は笑う。


もたれながら、願う。
この関係がまだ続くように。
この感情がまだ地上に出てきませんように。
胸の辺りに感じる痛みを堪えた。
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