スクイーズ篇

□鳴かない蟬
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 事務所のクーラーが効いた作業場で、蟬ヶ沢卓とちよが依頼のデザイン資料とにらめっこしながら仕事をしている。
 ちよは目の疲れを感じて、資料の本から目を逸らし窓の外を見る。外からは木が見え、幹に一匹の蝉がいた。
 なんということのないどこにでもいる蝉だが、ちよは気になって凝視してしまった。
 蝉はちよに見られた途端、爆発したように突然鳴いた。ちよがいる位置にかなり近いからか、蝉の品種故なのか鳴き声は大きく、ちよは思わず耳を塞いだ。
十秒ほど鳴くと、蝉は何を思ったのかちよのいる窓へ突撃してきた。
 強く叩いたくらいの音を立てて、窓にぶつかった蝉は落ちて行った。
 蝉が窓から見えなくなるとちよはため息をついて背もたれに勢いよくもたれ掛る。
「あーあ、今年も蝉が沢山いる季節になるなんていや」
蟬ヶ沢はちよの顔に、さっきまで使っていた本を見開きで軽く叩きながら置いた。
 ちよは痛いと言いつつも顔に載せられた本をどけることなく、乗せたままだらりと足を伸ばす。
「夏に限らないけど、季節が変わるのは仕方ないことよ」
「夏は来てもいいけど、蝉がいやなの」
蟬ヶ沢はもう一冊置いてきた。
「蝉だけに絞らなくてもいいじゃない。ただうるさいだけよ。蚊の方が下手をすれば病原菌を運ぶんから、危険性として蚊に焦点を当てるべきよ。最近だと蟻も危ない品種があるってニュースでも言っていたわよ」
「体臭で蚊を除去できる合成人間とかいないの?」
ちよは突然特殊な単語を言ったが、蟬ヶ沢は気にしない上そのまま返答した。二人は特殊な組織に所属しており、この単語そのものは二人の会話ではよく使われているのだ。
「何よその未来の道具みたいな便利な合成人間。知っていたら直ぐにあなたに掛けてあげるわ」
蟬ヶ沢がお腹の辺りに何かを取り出すような仕草をして、拳銃を撃つ形にして撃つ仕草をした。
「いや、別にいいよ。どうせその除去できる合成人間がいたところで、分泌しているのは汗だったり、唾液だったり、体液だったり。生理的に無理」
「そんなこと気にしていたら身がもたないわよ」
「もっているじゃん」
「もたせているの」
過去に合成人間が精製した分泌液を食らわれそうになったが、その都度スクイーズが止めるのだ。
「ド心配症ミンミンゼミ」
「アイス魔人」
 いつのまにか下に落ちていた蝉がこちらに飛んできて鳴いていた。
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