スクイーズ篇

□心配性のアルマジロ
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 あの人は時折困った顔をする。大抵は私が彼に困らせるような質問のせいもある。困った質問はしなければいいというだけで、そう私がそんな質問をしなければいいのだ。しかし、質問内容というよりも、他の人に聞かれたら困るらしいので、困らせるような質問をする時は能力の展開さえすれば一応構わないらしい。彼を困らせることに私が対応出来ることなら構わないが、私にも出来ないことがある。
 表の顔と、裏の顔。私が長く知っていたのは表だけの顔だった。裏の顔を知った時、裏の顔を見せた時の顔は忘れられそうにない。
 怯え、困惑
 困った顔を見るのは、私も困る。
 裏の顔を知られたくないというより、本当の自分が裏だと言う。
 本物だという裏がなくなったら、どうなる?

 親しげに呼んでくれるあの名はあくまでも表向きの身分に付与したもの。向けられる好意も私じゃあない。彼だ。蟬ヶ沢卓と呼ばれる男の特権だ。
 殺戮を目的に生み出され、存在意義が殺しのスクイーズに向けられるものではない。
 知られてはならない。見られてはならない。私は人間じゃあない。
 知られれば怖がられる。私は人ではないのだ。
 人ではないから、せめてやつらに見つからないようにしたかったのに、見つかってしまった。彼女に自分が人間ではないと、知られてしまった。
 “スクイーズ”がいなかったら彼女は…。

これは裏の顔を知らず、“スクイーズ”がいなかった時の会話だ。
「ねえ、ちょっと名前で呼んでくれないかしら?」
「スクイーズ…?」
「ああ、そっちじゃないわ。いつもの呼び名で」
「セミさん」
「うん」
「セミさん」
「貴女にそう呼ばれると、やっぱり私は私だって感じるわ」
「…?」
「ねえ、ちよ」
「うん」
「貴女が見る私は本物…?」
「全てがセミさんだもの。全部ひっくるめて…」
「スクイーズも喜びそうね」
「貴方はスクイーズでしょう?」
「蟬ヶ沢でもある」
「全部…思い出したの?」
「……全部じゃないわ」
「人じゃない…スクイーズとしての私がまだ…」
「……人じゃない記憶を取り戻すのは怖い?」
「……怖いわね…。自分が怪物だと、人間の偽物だとはっきり自覚するのは…」
「人間の偽物だろうと、セミさんはセミさんだわ」
「すべてひっくるめてセミさんなのよ」
「そう言ってくれるのは嬉しいわね」

 ちょっとばかり心配性で過保護の二人。友人というにはやたら仲が良く、しかし、恋人同士という訳でもない。
 少しだけ本物が手に入れられた休日の出来事である。
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