スクイーズ篇

□欲しくて
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 二人きり、自分の家に気になる人物と共に居る。
 ここは蟬ヶ沢が住まう家。時間があるときはここで二人きりの時間を過ごしている。外にいる時と違い、滅多な事では邪魔は入らない。
 この部屋に入れるのも何回目となったのか、数えるのを止めるほどの数になっている。
 テレビはつけていない。代わりにPCから音楽を流している。外がやや強めの雨のせいもあり、音楽はまた違う雰囲気に変わる。
 二人はそれぞれ描いたり読んだり、同じ行動を取ることは無い。隣り合わせになったり、背中合わせになったり。距離はほぼ三十センチいないには納まり、くっつくことはない。
 会話もほぼない。静かに過ごしている方がこの二人は多い。話すのが苦手という訳では無い。同業の話となれば二人は一気に話し出す。
 この二人が最後に会話したのはいつだったか。気がつけば三時間近くは各々過ごしている。
 この二人、友人ともそれ以上とも取れぬ曖昧な関係が続いて何年経つのやら。
 蟬ヶ沢は読書を言う体を保ったまま、形だけページをめくる。
 意識がおぼろげな中で聞いた言葉を思い出す。
『…まあ、全部ひっくるめて好きなのよ』
 声は間違いなく目の前にいる彼女のものだった。
 蟬ヶ沢は顔を上げてちらっと彼女を見る。
 彼女は手元に一冊の雑誌を広げつつスケッチをしてる。蟬ヶ沢に見られていることには気付いていない。彼女の能力を持ってすれば誰かが見ていることは気付いているだろうが、好都合なことに蟬ヶ沢だけは彼女の探知外なのだ。
 蟬ヶ沢は一度視線を彼女から外し、ズボンに入れていた特殊な携帯端末を見る。彼の元に誰かが来る際は連絡が来るのだ。どうやら今日は誰も来ないらしい。
 携帯端末を仕舞うと、彼女の名を呼ぶ。
「ちよ」
ん?と呼ばれたちよは上を向く。視界は半分蟬ヶ沢の肩で塞がれ見えなくなる。
「セミさん?」
 蟬ヶ沢はちよに覆い被さる形で抱き付いている。
「ちよ」
「だから何って、うわっ!」
蟬ヶ沢が抱き付いたまま倒れる。ちよをしっかり抱えたままなので、ちよは全く痛みを与えないようにはしたつもりである。しかし、倒れた状態よりも支えられている背中に当たる手と、首に触れられた感触のせいなのか、顔は俯いている。流れた髪の毛から見える耳と頬で赤くなっているのが見える。
「……セミさんどうしたの?」
一呼吸して、手を首から頭へ少しだけ上げる。
びくりとちよが身を縮める。
「うん?」
はにかみながら蟬ヶ沢が言う。
「ちょっと君が欲しくて」
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