スクイーズ篇
□クリスマス予約
1ページ/1ページ
いつものように帰り道、蟬ヶ沢とちよは散策していた。
商店が連なる道を歩いていく。店にはまだ秋だというのにクリスマスの飾りまで展開されている。
二人は特に目的も無く、店に並ぶ商品を歩きながら長めていく。
大き目の音を立ててくしゃみを鳴らす。
くしゃみをしたのは蟬ヶ沢だ。くしゃみの勢いで鼻がツンとしびれたのか、鼻を押さえる。
「セミさん大丈夫?」
ちよが蟬ヶ沢の背をさする。
「うう…大丈夫よ。誰かさんが噂でもしたんでしょ」
そう言って鼻をかむ。顔がやや赤いようにも見える。合成人間も風邪を引くのだろうか。
ちよはあたりを見回す。
「誰よ。まあ、いいわ。寒いし、ちょうどいいからトリスタンに入ろう」
トリスタンに入ると、ここでもデコレーションはクリスマス仕様になっていた。
入口に入ってすぐに人の大きさ程の木が置かれ、少しばかり飾られていた。
ちよは蟬ヶ沢を奥の席に連れて行った。
窓から見える席ではあるが、ガラスに張り付けられたデコレーションのシールによっていつも以上に外のからも中からも様子が見えない。
蟬ヶ沢を座らせたと店員にカフェオレを二つ頼む。
ちよは蟬ヶ沢の様子を見る。
机にうつぶせになり、顔が見えない。具合が悪いのだろうか。
「セミさん具合悪い?」
「大丈夫、外が寒かっただけだから」
「そう…、セミさんだけに寒いのが苦手?」
「これでも一般人よりも寒いのは平気よ。そこも含めてあれだもの」
「今の弱体化を見る限り説得力がないって」
机に伏した蟬ヶ沢がもっとだらりと机に伏せる。もっとも頭だけ乗せているだけなので、大して変化はないが、両腕が垂れ下がっている。
店員に見られる前に不可視を展開したほうがいいだろうかとちよは迷った。
「…………弱点が目の前にいるんだもの」
「弱点に申されても困ります、弱点さん」
「変なあだ名つけないでよ」
店員が来る二歩前に蟬ヶ沢の足を蹴って、店員が来ることを知らせた。
ものぐさそうに起き上がり、直後にきた店員から飲み物を受け取る。
店員が去ると、すぐに伏せる。
ちよはもう店員も他の客も来ないだろうと判断し、流れそのものを遮断してくる意識すら向けさせないようにした。
「ねえ、今能力使った?」
能力を展開してすぐに蟬ヶ沢が気付いた。
「来ないだけで、ね。ある程度なら何かしても来ないけど、大声立てたらもちろん来るよ」
「頭が痛くなったらすぐに解除しなさいよ」
「このくらいなら何日も続けて出来るから安心して」
「そう……」
蟬ヶ沢はそのまましばらく無言になった。
ちよはカフェオレを飲みつつ外を眺める。夕方だった時間も今の季節では既にまっくらになっている。
歩いている間も見えたが、どこの店もクリスマスの飾りつけばかりである。商業的なイベントとして浸透されて、しない店はないだろう。店も客もクリスマス本来の意味をまともに知っている人はいないだろうし、クリスマスにやることと言ったら家のデコレーションとケーキを食べるパーティと化しているだろう。
家族以外と過ごすのならば、今で言う恋人が一晩過ごすこともあろう。
クリスマスに起きることは主にこの二つ。
目の前にいるこの中年はどうするのだろう。
このあいだ、はにかみながら“ちょっと君が欲しくて”と言ってきた。
「セミさんは今年はデザイナーの人たちとクリスマスパーティー?」
蟬ヶ沢が起き上がり、口を尖らせて言う。
「そんなとことしないわよ。各自好きに過ごさせるわ。ああそうだ。ちよのクリスマスの予定空けなさいよ」
「じゃあ、私の家に来ない?」
「それだと家族に悪いじゃない。私の家に来てよ」
「…………断ってもいい?」
「ねえ、酷い勘違いしてない?手を出すつもりは一切ないわよ」
「この間の事件を思うとつい」
蟬ヶ沢が気まずそうに困った顔になり、視線が泳ぐ。
「あれは……あれよ。何時間も話していないなって。思ったから」
「話よりもなんか違うのが目的なように見えた」
「駄目……だった?」
ちよは左手を顔に当てて少し俯く。
「……黙秘権使います」
「なら、ちょっと手出してよ」
ちよは不思議に思いつつ素直に出す。
蟬ヶ沢は特に力を入れずに、ちよの手の指に自分の指を絡める。
「な、なによ」
「ふふ、なんでも。温かいなって、ね?」
「うわあ、気持ち悪い」
そうはいってもちよは手を離そうとはしなかった。