スクイーズ篇

□秘密基地
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 雨の中、蟬ヶ沢とちよは走っていた。ちよの頭には蟬ヶ沢のジャケットが羽織られていたが、蟬ヶ沢には水滴がほとんどついていない。奇妙な二人組はブティックのショーウィンドゥ前の屋根を見つける。蟬ヶ沢はちよにそこに行くことを伝える。
 ようやく雨宿りが出来て一安心だが、この時期には少しばかり不釣り合いな気温は、蟬ヶ沢にとっては平気でもちよにとっては体調を狂わせるには充分だ。ちよは両肩を擦り、体温を上げようとしていた。いくら擦っても体温に変化はないらしく、擦るのを諦めて蟬ヶ沢のジャケットを握る。
「そのジャケット脱いだ方がいいわ。ずぶ濡れなら着ている方が却って冷えるわ」
「脱いだ方が寒いから着てる」
「風邪引いても知らないわよ」
平気だとちよは言ったが、くしゃみを連発した。
 蟬ヶ沢は早くちよを帰してあげたかったが、ちよの自宅も遠く、蟬ヶ沢の住む家からも遠い。
(ホテルに連れていくと何か警察官に捕まりそうで嫌なのよね)
 蟬ヶ沢とちよの歳の差から二人で行動していると高確率で職務質問に遭う。
 服をなんとかしつつ、体を休めそうなことろを考え、一ヶ所思い当たる場所を思い出した。
「ちよ、私の家に行きましょう」
「いいけど、セミさんの家も充分遠いから、徒歩では厳しいし、車で行くと座席が濡れるよ」
「座席は別に濡れてもいいのよ。どうせ乾くもの。それと、今から行こうとしているのは今の家じゃないわ。前に住んでいたところ」
 蟬ヶ沢がレインを迎える以前に住んでいた家がある。ちよは覚えていないが、気絶をしたときに休ませたことも。
 書類上は空き家として存在しているが、引っ越したとはいえその家の所有は蟬ヶ沢のものになっている。簡易的なセーフティハウスとして残していたのだ。
 蟬ヶ沢が以前住んでいたと聞いて、ちよの目は好奇心に満ちて眩しい。自身の寒さをどうにかするよりも純粋に言ってみたいと顔に書いている。
「行きたい?」
小さい子供のように大げさに首を縦に振って主張した。
 蟬ヶ沢はちよの手を取り、車まで走ることを示唆する。
「じゃあ、行きましょうか」
 なんだか秘密基地に招待したようで、蟬ヶ沢もガラにもなくわくわくしてきた。
 行く途中、蟬ヶ沢はあることに気がつく。
(着替え……あったかしら……)
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