スクイーズ篇 二門

□ほしいもの
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 徹夜ともなればいつも手に掛ける扉も重く感じる。
 扉を開けるべく手に力を入れると、背に乗るちよが呻く。なるべく音も出さず、動きもゆっくりと部屋に入る。
 部屋は出勤前と一切変わらない。レインも来てなかったようだ。
 昨日の朝方に慌てたせいで投げ飛ばされたネクタイを拾い、そのまま寝室まで持っていく。
 ちよをベッドに寝かせると深くため息をついた。
 遮光カーテンで遮られているが、微かに光が漏れている。漏れた光がちよの顔に当たり、眩しそうに布団に身を埋めたので、蟬ヶ沢はカーテンを隙間なく締めた。
 カーテンの隙間がない暗闇の状態では常人は見ることが難しいが、蟬ヶ沢には問題なく見ることが出来る。
 少し前ならば、この暗闇の中でしか見られない彼女の顔があった。それも今は見れない。
 手の甲を首から覗く肌に触れ、漏れる声にピタリと動きを止めてしまう。
 先程の起きていた様子もへらへらとして、ついこの間までの任務でお互いしたことを微塵も感じさせない。
 変わらず泊まりに来るといい、信頼しているのだろうがもう少し気にして欲しいと思う。
 くしゃりと彼女の髪の毛を崩して寝室を出た。
 眠気はあるがベッドは彼女を寝かせている為に使えない。彼女は寝ぼけていようならば一緒に寝ようと言ってくるだろうが、言われない限りはしない。
 ソファーに座り眠気に襲われるまま眠りに落ちた。

 夢の中でふわふわとした野兎が肩に乗っている。肩を上げて頬擦りすると、野兎も頬擦り返す。
 やけに人懐っこい野兎は蟬ヶ沢の肩に乗っているせいか、ふらふらと落ちそうだ。ちらちらと気にしていたが、野兎自ら肩から降りた。
 とっさに手を伸ばし受け止め、野兎が苦笑いした。
「“スクイーズ”、大丈夫だって」
 受け止めたのは野兎ではなく見知った人物に変わっていた。
「でも……“ちよ”」

 目が覚めると肩にもたれるふわふわとした髪の毛が見えた。寝る前にはなかったものに動じず、髪の毛の主はちよだと分かった。途中で目が覚めたのか、起きたらしい。
 ベッドにいなかったから、探しに来たのだろう。リビングで寝ていた蟬ヶ沢が何も掛けていなかったので気遣ってくれたようだ。毛布をかけられ、首まですっぽり被せられている。
 かけられた毛布をちよにも掛かるようにするが、どうにも二人が使うには小さい。
 起こさないようちよを抱き上げ、寝室に入る。少し寝ぼけているのか首に腕を回している。
 そっと横たわらせようとするが落ちてくれず、蟬ヶ沢の首には腕が回されたままだ。
 首には頬擦りされ、言葉としては不明な言葉を翻訳するなら甘えている意図くらいしか読み取れない。
「ほら、放しなさい」
 返事はないが、唸る声は聞こえた。
「なら、こっちに巻き付いて」
 今度は素直に放してくれたので、腕を自身の背に回し、抱きつかせる。
 悪くないと言いたげな寝言のようなことを発し、静かにに寝息を立てた。
 提案したのは自分であるが、何度考えても凄い光景である。
 漫画やら“その手”の話では寝ている彼女、彼氏にどうこうすることが決まりだが、蟬ヶ沢もその行為をしたいかと問われると違うと答えるだろう。
 彼女の肌の触り心地の良さは知っている。触り心地以上に彼女が自身の能力を通して見せる心はかわいかった。
 アイスのイベントの忙しさに更に別件の任務として受けたものだが、交わりそのもの意図は別にあった。
(結果としては失敗したわけだが)
 彼女だからこそ受けられた任務だが、こんなことをさせてしまったと思う罪悪感ある。
 思い出す緊張感に咳き込む。ただの咳ではない。
 一瞬ズキリと肺が痛み、治まるのを自覚すると彼女の背中越しに自身の胸をさする。 
 もう少し、もう少しと願いながら抱き締める。
 監視が出来るのもいつまでか分からない。
 甘ったれた考えなのも分かっている。限界が来ているかもしれないのだ。余計に欲が膨らむ。
 残せなかった分を何か別の形で残してやりたい。なにもしないで残したくはないが、何かしたいかと問われると形のないものばかりになってしまう。
 進んで選ぶほど決めた職業の癖にいい案が浮かばない。
 悶々と悩んでいたせいで思わず抱き締めていたようで、腕の中からうめき声が聞こえてきた。
 少し隙間を開けると、呆れた声で聞こえた。
「……あせくさい……」
「ああ、ごめんなさい。……離れる……?」
「ん……、このままがいい」
 すりと頬擦りされる。
「……ねえ、何かしてほしいことある?」
「…………」
「……別に変な意味はないのよ。こうあったらいいなとかでもいいの」
「…………このままがいい」
「…………」
「セミさんがいてくれればいい……いるだけ」
「……ねえ、」
 話しかけるが、彼女はとうに夢の中。
「もらってばっかりだわ」
 ため息をついて、二度寝を決めた。

 次に目が覚めたのは容赦なく遮光カーテンが開けられ、昼の日光が入ってきた頃だ。
「セミさん起きて!もう寝たでしょ」
「もう少し」
「このまま、寝てぽっくり逝ってもほっとくから」
「一緒に……」
 手を広げて、冗談半分本気半分で惰眠を誘ってみる。
 彼女は期待とは裏腹に冷ややかな視線を送り、シーツ、布団もろとろ引っ張り上げる。見るも無残で残念な中年男がベッドから転がり落ちた。
 本来ならば受け身を取れるはずが、彼女といると気が緩みっぱなしになってしまう。
 容赦ない起こし方に抗議の視線を送るも効果はなく、むしろ可愛くウインクをして更なる行動を要求してきた。
「一緒に買い物に付き合うならいいよ。ほらほら、中年男がだらだらしてたら、いくら合成人間でも太るよ」
「……太ったら嫌?」
「いいけど、やだ」
「それは困るわ」
 尻に敷かれている気もしなくないが、嫌と言われては仕方ない。
 起き上がった直後に、腰が大きな音を立てて鳴るものだから、ちよの顔が誘って良かっただろうかと言っていたが無視した。

 無理に連れ出されたツインシティの買い物だが、目的なく来たのもだからぶらぶら見るだけとなる。
「何か欲しいものとかある?」
「あるけどない、かな」
「なによそれ」
「あることはあるの。たたそれが物理的に欲しいと言えば欲しくて、実質的には物理的じゃないっていうか……」
「難しいなぞなぞねぇ」
「セミさんなら分かりそうな気がするけど、一番分からないと思う」
「それじゃ何あげればいいか分からないじゃない」
「セミさんはなんでそんなあげたいの?」
「…………」
 素直に言うか回答に困り、気がつけばちよは紳士服の売り場でネクタイを手に持っていた。
「似合いそうだなと思ったら、やっぱり似合う」
 蟬ヶ沢の首もとにネクタイを当てて、にっと笑う。
「プレゼントするから、今度出かけるときにつけてよ」
 買ってくると止める暇なく彼女はレジへ行ってしまった。
 次があること前提に彼女は約束を取り付ける。蟬ヶ沢は数時間前に寝ぼけて言っていた言葉を思い出した。
(「セミさんがいてくれればいい……」か)
 いてくれというのが欲しいものならば、ある意味ものではあるがものではない。考えようによっては捉える意味合いはとんでもないことにもなりかねない。
 気にしてくれているようなしてくれないような。
 戻ってきたちよがすぐにプレゼントしてきた。
 貰ったからには今朝のように慌てても放り出すことがないようにすようと心の中で決めた。
 中身を改めて確認すると、青を基調とした太みと細身のストライプだ。細身のストライプが青よりの白をしているので橙色のスーツには合いそうだ。
「……中年が着けるには派手じゃない?」
「いっつも派手じゃん」
 けらけらと笑う彼女は完全に本音だったので、買ってくれたネクタイで目隠しをしてやった。
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