スクイーズ篇 二門
□甘えの誘惑
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ちよが統和機構に入り数か月、十月に入ったころだ。
なじみの公園に停車し、窓を開けると頬が少し冷える。生暖かい風もすっかり涼しい風に変わるようになった。やや熱くなった顔を冷やし、助手席に乗る彼女の様子を見る。
ちよは深夜の任務に疲れてか、いつもの車の送りに癒されてか移動している間にすっかり夢の世界に入ってしまった。
通常の人の目では見えないが、この公園の向こうにちよの窓が見える。スクイーズの目は、窓には鍵が掛けられているのが見える。
スクイーズの正体は合成人間という特殊な能力を持つ怪人だ。目的としては合成人間とは異なる特殊能力を持つMPLSと呼ばれる人間の発見、対象が任務とされる。
この合成人間の隣で健やかに眠る少女も立派なMPLSのはずだ。
じろじろ見ても、彼女はまったく送る様子はない。
現状、スクイーズとちよの関係は監視者と監視対象と 統和機構には報告している。
実際には、眠りこける少女を送る怪しい中年男性の絵面と、説明が一言も二言でも足りない複雑な関係をしている。
彼女と上司にしか知らない関係を明かせばスクイーズは裏切り者だ。
MPLSたるちよが統和機構に入ることになったが、スクイーズとしてはどうしても避けたかったことだった。
システムの毒牙から少しでも遠ざければと監視として請け負っているが、押さえ切れていないのも事実。
今日の任務はスクイーズの攻撃の補助だ。ちよの能力は特に砲撃型の合成人間には適任として、監視者たるスクイーズの砲撃の補助に来ていた。スクイーズも合成人間として長く生きているのもあり、今更補助とも言われているが、彼女が慣れたら他の合成人間にも宛がわせ、精度を上げるのにも役立つだろうと説明している。
他の合成人間と組まされるのも嫌なので、役立たない程度に、少しあればいいかなと思わせる程度の活躍をさせる。
スクイーズの制御が叶わないのは時間だ。こればかりはスクイーズのも調整しようがない。今回も時間が深夜なのもあり、帰りも夜が明けてもない時間だ。
こんな時間まで付き合わせるのは申し訳なく思うが帰りまで送る様を上司が見れば「過保護」と揶揄される。
ちよの家に送り届ける際、二階の窓から彼女の自室に帰すのだが、今日に限っては窓に鍵が掛けられ返すことが出来ない。起きて帰ってもらわねばならない。
「起きなさい、ほら」
声をかけるが彼女は起きない。
このまま起きるまで車に寝かせるのも可愛そうだ。
迷いながらも、自宅に連れ帰ることにした。
家にスクイーズの正体を知られるまでは一切入れることがなかったが、今や連れ込みのが日常化している。彼女は喜んでいるが、スクイーズとしては複雑である。
彼女はベッドに寝かせ、スクイーズは足元で座りながらうとうとする。
突如、どさっとなにかが降ってきた。
寝ぼけたちよがスクイーズにしがみつきながら、すやすや寝てる。
近い。困ったことに、この近さでどうすればいいか分からなくなった。
寝言なのか笑い声なのか、ふふにゃふにゃ、奇っ怪な発声をしながら、頬擦りしてくる。
深呼吸して気持ちを落ち着かせる。落ち着けないが、そう思うことにした。
頭をそっと撫で、怪我をしてないか診る。任務の時でも、今の寝相でも怪我をしているとすれば痣ぐらいだろう。
再度深呼吸して、ちよの背中を撫でる。
今の自分はどの自分だろうと自問する。蟬ヶ沢としてか、顧問としてか、スクイーズとしてか、どれに当て嵌めようにもどこかを掠めるだけで綺麗に当て嵌まることはない。
腹に乗った少女をベッドに戻すためだと心の中で言い訳し、抱き抱える。ベッドに戻し、スクイーズも先程と同じ場所に座ろうとすると、くんと袖が引っ張られた。
ちよはぼんやりとねぼけた顔で、裾を引っ張る。
「せみさん、どこいくの?」
ほぼいかなるときでも彼女は愛称で呼ぶ。それは寝ぼけても変わらない。
「ちょっと外の空気を吸いに」
するりと裾の向こう側からちよの指が入り込み、スクイーズの小指を握る。
スクイーズは何も考えないように天を仰いだ。
「………………」
「………………」
薬指がちよの陣営に巻き込まれ、引っ張られる。
蟬ヶ沢は葛藤している。
「………………」
「………………」
残りの指は逃げようと距離を取るが既に捉えられた指により、あれよあれよと捕まえられる。
心の中の蟬ヶ沢が観念した。
ちよには特殊能力があり、人や物の流れが視えるという。ただし、スクイーズ、蟬ヶ沢には触れないと能力の効果はない。先ほどから触れられているが、操られている訳ではない。ちよとスクイーズにだけの秘密で、触れている時にお互いの意識の流れや向きが視えるのだ。
言葉にこそ発していないが、甘えの心を能力を通してスクイーズに送っていた。
握っていない手で人ひとり寝れる幅をばんばん叩く。
「ああもう……。いいわ……、いいわよ。外なんて貴女を送るときにいくらでも吸えるんだから」
スーツを壁沿いのハンガーに掛けて、ベッドに入る。
布団をめくり、ちらっとちよの様子を見る。
彼女はすっかり夢の中に入って、先程の甘えはなんだったのかと思うほどだ。
むにーと頬を軽くつねっても、牛皮のようにもちもちと触り心地のいい感触だけで、痛がる様子もなく、起きる様子もない。
「………………」
手を握るが、もう先程の甘えの思考は読み取れない。軽く握り返すだけだ。
甘えに答えたくても本人が完全に寝てしまっては何も出来ず、気力を失ったスクイーズは手を握ったまま、仮眠を取った。