スクイーズ篇 二門

□シーツ越しのぬくもり
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 気が付けば彼女の手を握っていた。

  *****

 時刻は夕方六時半、電車は帰宅時間により満員で、道路も車がやや渋滞を起こしている。
 黄昏は「誰そ彼」が語源により、黄昏時の人間は判別が難しい。人の判別が難しい時間でもあっても問題なく判別が可能なのが合成人間だ。
 合成人間の存在目的としては、特殊な能力を持つMPLSと呼ばれる人間の発見、及びその対応。化け物には化け物をぶつけろの考えと同じだ。
 どちらの化け物も方や人のように暮らし、片方も人として暮らしている。その差には、人工的なものか異次元レベルの能力が備わっているかの違いがある。一般人からすれば合成人間の身体能力も、特殊能力も異次元に見えるだろうが、MPLSは比べ物にならないレベルの異次元さを持っている。
 合成人間も常にMPLSを追いかけているわけではない。そもそもMPLSの存在が滅多に発見されないもので、合成人間が常に対応に追われるのは一般人か同じ合成人間のどちらかだ。
 今スクイーズが対応しているのはまさに後者の一般人だ。
 まだ知らない人間ならば多少は知らない人だと割り切って対応できる。
 任務として処分を言い渡されたのは、かつての仕事で客として来ていた人間だった。

  *****

 これで何人目かは数えないようにと思っても報告の必要がある為に、処分を終えれば計測してまた次の標的に移す。
 時間こそ同じだが、ちよとスクイーズは異なる任務に就いている。ちよの側には二人の上司たるレインがおり、下手に知らない合成人間がいるよりも信頼できる。
 今頃は次の標的を探してリストアップしているのだろう。作られたリストをもとにスクイーズが標的を処分していく。
 いつもならばちよを任務から外すのだが、彼女の能力の便利さからどうしても外すことが出来なかった。先ほどの任務の説明をレインから受けた際、よほど顔に出ていたのかレインからからかわれるほどだ。
 手間を考えればリストを作るよりも、ちよと共に任務をすれば時間もかなり短縮されるだろう。レインにも知らない二人だけの秘密、感覚の共有をすれば彼女が探し当てた標的をスクイーズがが処分していけばいいのだ。
 長時間になることを承知で二手に分かれて任務を行わせてもらった。
 彼女に殺した瞬間の心を視せたくない。
 ちよの能力<フェイク・シーズン>は大雑把にいえば物や心の動きを捉えることが出来る力だ。普段は視ることに特価しており、動きを変えさせることも可能だ。
 専用のイヤホンから通信を入れる。彼女の能力で傍受も防がれているので、他者に聞かれることもない。
 ちよが能力で誘導した標的が来ると通信が入る。
「分かった」
 声音からも負担は少ないことに安堵し、次第に心を落としていく。その目が昏くなっていくことにスクイーズは気が付いていない。殺戮を目的とした生み出された怪物は静かに任務をこなすだけの機械となる。
 改めて標的に意識を向ける。
 先ほどから処分しているのはかつての仕事での客として来たものであり、 統和機構がばらまいた薬の反応で処分扱いとなった人間だ。
 この客だったものの中には薬の影響ではなく、アイスの愛好家もいただろう。あのアイスは純粋に美味しかったのは確かだ。
 あのアイスはもう模倣品がちらばり本来の魔法使いは失踪し、痕跡は誰も辿れない。
 スクイーズとしては二度と戻ってくるなと思っている。生きているならば、この世とは関わらずひっそり生きていればそこそこ生きられるはずだ。
 イベントで処分し損ねた残党の処理は日々の任務と仕事の合間で片付けている。
「スクイーズ、今日はこのくらいにしておきましょうだって」
 隣にいるはずの上司が彼女を通じて伝えさせるのは、気遣いか、お節介か。
 任務のせいかやや緊張した声音でも、向ける声は精一杯に優しい声をしている。

 任務を終えて思うのは、彼女に触れたい欲求だった。

  *****

 ちよ達と合流すれば、いたのは彼女と知り合いの合成人間コピ・ルアク。レインはあの後直ぐにコピと交代して別の用事に向かったという。
 ほっと胸をなでおろすちよとは裏腹にコピはにやにやと迎える。
「お邪魔して悪いわね。レインから護衛を頼まれてね」
「まだお前で良かったよ。ウェザー……ちよは気分はどうだ?」
「ん。平気」
「よかった。報告は私がする。コピはこのまま大田の店にでも行って珈琲でも飲んできたらいい」
「あいよ、旨い厄介払い喜んで引き受けるわ」
 空腹の音が聞こえる。
「……オフ会はこのまま大田の店で晩御飯にしない?」
「この時間はお店閉まっているんじゃ」
「開ける開ける。どうせ閉まっててもいることあるんだから」
 けらけらと笑いながらちよの手を引っ張る。傍から見れば、海外ステイホームに来た幼子を預かる女子高生の図に見えるが、幼子はスクイーズと歳が変わらないと言われても信じられないだろう。
 自覚と第三者から見ても保護者の立場にあるスクイーズは離れず二人が車に乗るように案内する。
 早く送り届けたいのを我慢して、三人でこれから叩き起こされる大田の元へ向かった。

  *****

 深夜の任務から終え、ちよを送り届けるのは日常化している。
 車から降ろし、彼女が部屋の灯りを消すまでは静かに見守っている。あるいは二階から直接届けることもある。
 今日は窓を開けておいたと言っており、二階まで届ける。
 いつもよりは長くいれた。
 心のなかで呟く。
 部屋に足を入れた瞬間、ちよは動きを止めこちらを振り返る。
「ん?」
 制服が何かに引っ掛かったような皺を画く。窓の外には枝はなく、あるのは指が制服を挟めている。その指の持ち主は合成人間ただ一人。
 ちよは静かに見つめ、摘ままれた手ごと蟬ヶ沢の腕を掴み部屋のなかに引っ張り入れた。
 蟬ヶ沢は情けない悲鳴を上げかけ、布団と肉のクッションの感触と匂いに呼吸が止まる。
「ちよさん、帰らせて」
 焦りでらしくないさん付けに裏返った声は情けなさに拍車を掛ける。
 ベッドの配置が窓に沿って横向きなので、上半身は部屋の中、下半身が窓の外という不審者に間違えられる状態だ。如何に彼女が能力で見えないようにしてくれているとしても羞恥心と腰の痛みがある。
「その状態で戻るの大変でしょ。一度部屋に入って」
 大人しく入れば、何故か窓をピシャリと閉めた。
「ひっ?」
 怯えさせてくれる暇なく、靴を取り上げられ床に敷かれた新聞紙の上に置かれる。
 逃げ場がなくされ、次にされる行動も予想が出来た。
 ちよはベッドを軽く叩く。一緒に寝ろと主張しいるのだ。
 言葉だけ取ればさぞかし甘い雰囲気になると誰しも予想するが、生憎蟬ヶ沢にはその気はない。
 更には、目の前でベッドを叩く彼女も真剣な顔で、可愛い顔ではあるのだが、その気はないと明らかに顔が言っている。
 脳裏にその気があった時の顔が比較としてちらついた。
「まあ、その、ちよのベッドで寝たことはあるけども…………なにか、あれじゃない」
「いいから。どうせ似たようなことはセミさんの家でしているんだし」
「お家の………お父様に見つかったら」
「部屋から出なければいいじゃん」
 言われるがまま寝てみるが、先に思うのは小さい。
「狭い……わね」
「……ちょっと待って」
 ちよはベッドから布団を下ろし、カーペットの上に敷いていく。押し入れからマットレスまで出す始末で、蟬ヶ沢もつい手伝ってしまった。
 完成した布団にちよは入り込み、ちょっと布団を開けて入ってと再度誘う。
 今さらなのは分かっても抵抗がある。
 十分な面積が得られた達成感があるのか、期待を込めた目で見られる。
 諦めて、布団に入る。押し入れに入っていたせいか、誇りっぽさはあれども良い匂いは変わらない。
 目の前はちよの顔があり、髪に触れるとくすぐったそうに笑う。
 これで胸のなかに入ってくれればと願うが、流石に彼女の家なのもあり止めた。
 ちよも蟬ヶ沢の髪を撫でるつもりか手を添えると、そのまま頭を抱え胸の中に収めた。
 視界は彼女の鎖骨しか見えてない。
「あの、ちよ?」
「うん」
「もう帰っても」
「だめ」
「だめって……貴女ね」
「もうちょっと」
「………」
「………今日はもうちょっといて」
「………」
「……少なくともシステムの人は近くにはいない」
「……。……そうね、もう少しこっちで休もうかしら」
 彼女の背中に手を回し、もう少し引き寄せる。
「ちよにひとつだけお願いがあるの」
「なに」
「今日だけは触らずに、もう少しこのままでいさせて。帰るときは触ろうが叩こうが、何してもいいから」
 この感覚だけは視せたくない。血を流した心を何度も視せて辛い思いはさせたくない。
「起こすとき、変なとこ掴んで起こしてあげる」
「はいはい、セクハラもしていいわよ」
 笑いながらもちよは、シーツ越しに頭を撫でてくれた。
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