スクイーズ篇 二門

□何度も止まればいいのに。
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 帰りの車は慣れた空気が心地よく。乗り込んですぐ眠気がきた。眠気に任せて背もたれに頭を預けると何かがふわっと懸けられる感触がした。
「風邪引いちゃだめよ」
「あひはほ」
眠さで呂律も回らず、あくびをしながらの感謝の言葉も緩み切った発音になり、頭もはたらかない。
 車内は何も流さず、静かにエンジン音が響く。時折エンジンの音が止むと、頭に暖かい感触が被さり軽く撫でた後にエンジン音が再び響く。
 今日の任務はやや遠方だったせいかいれる時間も長い。眠気を街灯の灯が当たる度に薄れ、戻る。
「ああくそ、また信号だ」
 独り言の言葉遣いがやや荒いが、小さい声なので、怒りよりも呆れているようにも聞こえる。
 止まると彼はまたちよの頭を撫でて落ち着かせる。
 何度も止まればいいのに。
 離れようとした手の袖を掴む。
「ん?」
「……」
「……どうしたのよ。どこか寄りたいところがある?」
「……」
 話す余裕もなく夢に潜ってしまう。
 彼もまた頭をふわりと触り、運転に戻る。

  *****

 くしゃみによって目が覚めると、目の前に蟬ヶ沢の顔があった。
「ごめんなさい。寒かったかしら」
 車の中なのだから寒いわけがないと思ったが、頬にひんやりと冷たい風が流れる。
 ちよの体はロングコートに包まれて、その状態で抱っこされている。
「さむい」
「じゃあ車に戻るわね」
「もうちょっとこのまま」
「……。お言葉に甘えて、もうちょっと」
 眠気が再び訪れ、蟬ヶ沢の胸にもたれる。
「……そうね。貴女がシステムに入ることがなれければ一緒に見れることなんてなかったわ」
 頭を優しく撫でられる。
「次は任務がない時にゆっくり見たいわね」
 少しだけ目を開け、膝に乗る彼の手を両手で包む。
「……ちよは後悔してない?」
 握り掛ける動作はしても、握り返してはくれない。
「一緒に任務をするようになって、〈フェイク・シーズン〉の使いすぎて吐いたり気絶することが増えたじゃない」
 軽く握る。
「寒くなってきたわ。戻りましょうか」
「……もう?」
「……すぐには帰らないから、安心して」
 彼に抱えられ車に戻ったが確かにすぐには発車しない。静かに空を眺めていた。

  *****

 車が停車した振動で意識だけ少し起きた。目は開けてない。
 聞こえるため息は疲れだろうか。遠方まで移動し、その上送迎ともなれば帰る頃には寝る時間はないだろう。
 もそりと起き上がろうとするが、先に抱えられる。小さい声で「ごめんなさいね」と断りを入れながらちよの膝に学生鞄を置く。
 静かに車内から出ると、ちよの自宅まで歩く。手前で止まると塀から一階の屋根へ、静かに飛び上がる。窓に鍵が掛けられてないことへの呆れか、ため息をつきながら窓を開ける。
 部屋に入ると、ちよの体をゆっくりと静かにベッドに寝かせる。
 蟬ヶ沢が帰ろうとすると袖を掴む。
「ん」
 さらに手を握り、心の中で聞いてみる。
「……………………………………」
 彼の意識から、羞恥心と困惑、微かに期待も視える。
「もうちょっと」
 視線が右往左往し、目を瞑る。小さく呻き、ため息をついてベッドに座る。
「…………………ちょっと、一時間いいかしら」
「朝までいてもいいよ」
「……もう寝るわ」
 冗談に答える気も失せたのか、あっさり背中を向けて寝てしまった。
 ちよも横になった。ぴったりと背を合わせて、ほんのわずかな呼吸の動きに意識を向ける。しばらくしてもそのままなことから、寝たと確信した。
 振り向いて、改めて寝ていることを確認する。ややうつ伏せに近い寝方をしているために顔は見づらいが、確かに寝ている。
 イヤホンでみなもと雫の曲を聞きながら、彼の額を撫でる。能力の訓練によりある程度は肉体的疲労を解消させることが出来るのだ。
 頃合いだろうと手を離すと、蟬ヶ沢が寝返りを打ち、巨体でちよを押し潰してきた。
 首もとに吹きかけられる息に、内心悲鳴をあげる。
 起こしてどけさせたいが起こすのも申し訳ないので、能力で重力操作をしながら巨体を押し退ける。
 心臓をなだめながら、ほんの少し距離を開ける。
 いつも見る顔よりも緩んではいるが表情は硬い。
 頬に触れるとくにゃりと砕け、くすぐったそうに笑う。寝言は言ってないが、口の動きで誰を呼んでいるのかは分かった。
「………」
 再び寝返りを打とうとしていたので、袖を引っ張ったが止められる筈もなく、そっぽを向かれる。
 背中をぴったりと合わせる。
「ん」
 さらに手を握り、心の中で聞いてみる。
「……………………………………」
 彼の意識から、安心と癒し、保護意欲が視える。握り返されたが、完全に寝ている彼の無意識の行動だ。
 抜けようとするが放してくれない。
「もうちょっと」
 二時間いてもらった。
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