スクイーズ篇 二門
□貴女の寝言が聞きたい
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眠い。
微かに覚醒した認識で今自分がいる場所が自室ではないと判断した。
手足を伸ばしても余裕がある大きさ、自分のベッドにしては広く感じる。
自身に掛けられた布団や枕は嗅いだ覚えがあり、とても落ち着く。
微かに開いたドアの音も違う。
入ってきた人物が誰なのかは能力でも分からない。いいや、ちよの能力で判らない人物は一人しかいない。
「せみさん……」
「ん、なあに」
相手は寝言と思ったのか、彼はくすくすと笑いながら髪の毛をかきあげ、額を撫でる。
彼が座ったのだろう、ベッドの沈みに引っ張られ体の向きもより彼に向く。
視える意識は疑問、安心、心配、彼は気にしすぎだと上司にからかわれるのも納得がいく。
ぎゅうと手を握られる。
落ち着く。
もっと握ってくれればいいのに、彼はすぐに手を放した。
もう少し早く握れば止められたかもしれない。
部屋から出てしまう。
聞き慣れたキッチンから湯を沸かす音が聞こえる。恐らく仕事をして、一服して休みに言ったのだろう。ちよが寝てしまったあとも作業をしている。
私よりも疲れている筈なのに。
自分の言葉で寝る前のことを思い出した。
蟬ヶ沢の事務所のバイトもない日に自宅に呼び出された。バイト、任務、交友、ただでさえ会う日が多い中でさらに呼びつけ来てみれば、部屋が珍しく散らかっている。
最近この地域で発生した電波障害の調査と構成員の調査で忙しかったと彼は話した。自宅で仕事をしようとしたが、そこで使用ソフトの不調が発生し、ちよの助力を求めたそうだ。
ちよは状況を聞きながらアドバイスをし、時に能力で調べて対処し、部屋の片付けをこなしていた。
呼び出された時間が夕方だったのもあり、片付け終えたのは夜遅い時間だった。
後日が休みでもある為、家族には友人の家で泊まると話した。嘘は言ってない。
肩を並べてホットミルクを飲んでいたことは覚えている。そのあとにちよは寝てしまったのだろう。
キッチンから戻ってきた蟬ヶ沢はミルクティーでも飲んでいるらしく、甘い香りが鼻孔を擽る。
ひょいと覗かれる気配がした。んー、と何か期待するような声から、残念がっているような声に変わる。くすくす笑いながら撫でてくるので、涎を垂らしているのかと内心そわそわしてしまう。
ちよの頭を軽くぽんぽんと叩くだけで、すぐに甘い紅茶に戻ってしまった。
意識はまた深い眠りに着いていたらしく、次の覚醒では甘い香りも期待する気配もない。
寝室の向こう側から、仕事をしているのかPCの操作音が聞こえる。
部屋にいないことに腹を立てるのも変だが、どうにも不満が募る。少し休めばいいのに、どうせなら起きて手伝えば良かった。
そっちに行けたらいいが、眠気をなんとか堪えるのに必死で動くことすら出来ない。しずつ体をくねらせ、回し、ベッドから降りようとする。
思ったよりも端に近かったことに気付かず、気がつく時にはちよの体は端を越えて落ちる。
鈍い音と痛みが響く。
「……だい、じょうぶ?」
扉を開けて心配する声が聞こえる。
起き上がるより先に抱き起こされる。後頭部等を擦られ、怪我をしてないのか診ている。怪我は出来てもたんこぶくらいだろう。後頭部が熱くなり、触れた肌がひんやりと感じる。
痛みと代償に覚醒は思ったほどはっきりせず、意識は沈む。
「思ったよりも寝相がスゴいのかしらね……」
体をベッドに下ろされ、手をそっと置かれた時だ。離れた瞬間に少し指を伸ばした。
「セミさん」
小指に一瞬するりと触れる。
ぴたりと蟬ヶ沢は止まる。振り返っているのだろう、彼は軽く悩む声を出す。
小指同士を組ませ、心の中で尋ねる。
彼は少しばかりの沈黙の後に手を握り返す。
「これで勘弁してちょうだい」
ベッドの側にしゃがみこみ、片手は手を握り、もう片方は頭を撫でる。
「けち」
「むしろ出血大サービスの大赤字よ」
ぎゅうぎゅう握り主張するが、彼は早く寝なさいと言わんばかりに優しくぽんぽんと撫でる。
「せみさん」
「先に寝てなさい」
「……せみさん」
「……」
「……」
「……」
「……」
*****
「…………………。甘えるのが上手くて、ほんと困っちゃうわ」
耳を澄ますが、寝息しか出さない。
前髪を掬い上げ、額に触れる。
彼女の能力越しで視えるものと、触れた様子から寝ていることを確認した。
「……」
微かに名前を呼ぶ声が聞こえた。先ほどとは違う声音にこそばゆくなる。
「貴女の夢に出る私ってどんな風なのかしらね」
聞きたいものが聞けて満足した蟬ヶ沢は仕事に戻った。