スクイーズ篇 二門

□Iris 2 seven snake ….5
1ページ/1ページ

 ああ、またか。
 疲労が溜まり気絶状態で寝てしまったらしい。
 衣服も出勤時と変わりないので着替えようと服に手を掛ける。
 ふわ。
 思わず視線を落としてシルクのブラウスの感触を確認するが、視認出来るのは寝間着だけだ。
「…………」
 隣で眠る彼を睨む。彼はぐっすり寝てこちらの様子には気づいていない。
 寝た際彼が着替えてベッドに運んでくれたらしい。
 ありがたいと思う反面、恥ずかしさで顔が熱くなる。
 起きた後でお礼は言うが彼はきっと楽しそうに構わないと言ってくれるだろう。人が寝ていたことをいいことに寂しさをこちらに押し付けるのだ。
 どうせなら起きていた時にしてほしいのに。
 彼の髪に触れる。髪の毛はやや白髪が混じってきたと話すがそれでも同年代の人間からすれば全く老けてないと言われるだろう。
 彼の正体、側面の一つは合成人間と呼ばれる人造的に生み出された生きた兵器だ。
 彼の額に触れるが他の者がいう通り、老化らしい老化はほとんどない。
 思わずいいなと思ってしまう。
 自分も彼と同じようにMPLSと呼ばれる特殊な能力を持ち、それで身体のコントロールをすることはあれども生命サイクルは一般人のそれだ。
 「にじ……」
 私もあの子と同じように先に行ってしまうのだろうか。
 置いて行くのも置いて行かれるのも嫌だ。
「セミさん」
 ぽつりと愛称で呼ぶ。起きることを期待してではない。
 いつまでいれるか。
 お互い任務でいつ死んでもおかしくはない。病気か事故か、死に方こそ予測は出来ないが一つ確実にわかることはある。
 どうあがいても片方が先に死ぬことだ。
 彼の死に耐えられるだろうか。
 うんざりするほどいれる時間が無限に見えて有限なのは分かるが、無限に続けばいいのにとも願う。
「セミさん」
 そっぽを向いた方にもたれて、また呼ぶ。
「卓さんじゃないのね」
 思わずびくっと離れるが、すぐさま彼が手を掴み放してくれない。
「す、卓さ……」
 最後まで呼ばせてはくれず言葉ごと飲み込まれる。呼吸が苦しくなっても放してくれず、口は侵入を許しいたずらされる。
 乱暴ではないが容赦はない。もともと身体能力では遙かに勝る合成人間相手では勝ち目はない。こちらとてMPLS、抵抗しようと思えば出来る。
 彼からすれば私が抵抗せず、受け入れているのを理解しての行動だろう。
 気絶しかけた瞬間にやっと口を離してくれた。
「約束破った罰」
 にやりと意地悪な笑みを浮かべる。
 容赦ない寂しがり方に呆れと共に睨むが、酸欠と恥じらいで真っ赤な顔では余計に彼をにやつかせるだけだ。
 彼の顔面にまくらを押し当て遮るが、向こう側から笑い声が聞こえる。反省していない様子にさらにいじけて離れたくなるが、体は既に彼の腕が回され逃走は不可能だ。
「ごめんなさいは?」
 背中に手を回され軽く擦られる。
「……ごめん……なさい」
「よくできました」
 枕越しでもにっこりと笑ったのが分かる。声の発生源に向けてぼすっと頭を預ける。
「すぐ」
「セミさん」
 久しぶりの愛称の呼び方が嬉しかったのか、彼は訂正を求める。
 さぞ子供っぽい顔で甘えているのだろうと思うとくすりと笑ってしまう。
「セミさんは寂しかった?」
 頭を少しだけ彼にもたれかけて聞く。
「寂しくて死んじゃうくらいね」
「先に死なないでよ?」
 頭の片隅ににじの姿が思い浮かぶ。
「……まだ死ねないわね」
 回された腕が少し締め付けられる。甘んじて身を寄せる。
「ちよは寂しかった?」
「……知ってたくせに」
 彼は片手でちよの手を握る。
「そうだな……こんな思いをさせるんじゃあ、私はまだ死ねないな」
「セミさん」
「ん」
 少しだけ背中を丸めて高さを合わせてくれる。
 軽く重ねただけで直ぐに口から離れる。
「ただいま」
「おかえり」
次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ