スクイーズ篇 二門

□痛みの共有
1ページ/1ページ

 最近のセミさんはやけに元気がない。
 年を越してからは能力で視えなくてもぴりぴりと緊張しているのが分かる。
 触れれば感情の向きがきっと分かってしまう。触れなくとも分かるくらいのことだ。触れないようにしている。
 ……私が触れるのが怖いのかもしれない。
 学校の帰りにセミさんの事務所かPWの事務所に行く。基本的にはセミさんがいるところで仕事をするのが多い。仕事そのものはセミさんと一緒ではない。
 仕事が終わって帰宅の時にようやく一緒になれる。
 十助もイベントに向けたアイス作りに無我夢中で、もうそれしか存在意義がないと言っているように他を見ない。
 セミさんもセミさんで仕事に励んでいるが、十助への反応に関しては一歩引いた態度が増している。
 変わらないのは景山さんくらいだ。最初から一貫して同じ行動をしている。
 セミさんと景山さんに関しては十助の正体が同じ合成人間であり、相手は監視対象だからと知っているからの行動なのだろう。
 セミさんに関しては合成人間としての側面よりもデザイナー蟬ヶ沢、PWの取締役としての関わりが密接だったのもあるんだろう。
 処分が決まって、ほんの僅かな陰りが見える。
「ちよ、帰るわよ」
 セミさんはいつも私を家まで送ってくれる。思い起こせば会ったころからずっとされている。私がシステムに入る前から、本当なら入ることがないようにしてくれていたことなのだろう。
 頷きながら、彼の手を見る。
「ちよ?」
「え?ああ、うう、気にしてないで」
 手袋を付けて、セミさんの手を握る。
 普段から車へのエスコートだの恥ずかしいことをしておいて、セミさんは照れる。周囲を見渡しながら、あわあわと離そうか離れないほうがいいのか迷っている。困り顔は見ていてかわいくて笑ってしまう。
「ちょっ、あの、ああ、はな、いや、どうしたの?」
「ん。なんでもない」
 直接セミさんの心が視えてしまうのが怖い。
 少しだけ視える力が無くなればいいのにと思ってしまう。
「取締役がまた女子高生と不純なことしてやがる」
 別の車に乗り込もうとする景山さんはいつも通りセミさんと私をいじる。
「えへへ、いちゃいちゃしてまーす」
 握ったお互いの手袋を挙げて見せつけると、セミさんは口を尖らせた。
「こらこそ、誤解されるでしょうが。景山もこんな若い子に手を出すんじゃないわよ」
「卓はちよにしか手を出さないから大丈夫だよ」
 ひょっこりと十助が顔を出してきた。そのままセミさんに話しかける。セミさんは特に反応はせず、十助の用件を聞く。内容からイベント関連だと気づいて、私は少しだけ距離を置く。
「お待たせ」
 十助と話し終えたセミさんはやはり雰囲気が少し固い。
「……ちよ、大丈夫?」
「うん?大丈夫だよ」
 いつも通り車で送ってもらう。
 車が止まったのはいつもの家の前の公園ではなく、別の人気のない公園だ。
「セミさん?」
 運転手に話しかけても返事はない。
「あの」
 再度声をかけると、差し出された手で続きを遮られた。
 きょとんとセミさんの手をみつめる。指で来いと言っているのか、手をくれと言っているのかは分からない。
 困りはてているとセミさんがため息をついて、私の手を引っ張り混んだ。勢いのまま腕の中に引き込まれる。
 私の嵌める手袋を外し、お互いの指を組んだ。
 驚きのあまりセミさんを見るが、彼は仏頂面で見目からも能力でも少し怒っているのが視えた。
「視ていいから」
「へ?」
「私の心、別に視られていいから、もうちょっといつも通りにしなさいよ」
 ぎゅうぎゅう手を背中に回している手を締める。
「視てもいい」
 いつもと変わらないスクイーズの声で頼む。
「もう少しで終わる任務だ」
「うん」
「巻き込んで済まないとは思っている」
「いいよ。知ってる今なら辛いのも任せてよ」
 すりと頭を押し当てる。
「ところでさ」
「なんだ」
「……………………………スクイーズって知ってちょっとよかった」
「なんのことだ?」
「ううん」
(手は出さないといばそうなのだけど)
 この状況はどちらなのだろう。
 呑気に辛いのも楽しいことも共有して、なんの関係か、私も分からない。
 しばらくして凪さんの弟と綺ちゃんがやってきて慌ててセミさんは車を走らせた。
次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ