スクイーズ篇 二門

□すれ違い
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 時間帯によっては夜間でも煌煌と照らされる市街もこの時間になれば灯るものも人も最低限しかない。
 軽く視るだけでも周囲は同じような深夜残業か夜間に仕事をする者、もう少し住宅街に行けば昼夜逆転生活の人の人の意識も視えるだろう。
 さきほどまで嫌でも凝らして視ていたのだ、無理にどこの人間が活動しているかまで知ろうとはしない。
 視認とは異なる手段、能力で分かる力、あるところではMPLSと呼ばれる力だ。
 はMPLSであり、統和機構の構成員の一人だ。任務は同じようなMPLSの発見から砂粒一つ届けるような雑務まである。この任務はあくまでも任務であり、仕事とは無関係で行われている。
 大学生の身分ならば大学内での身辺調査や他学の侵入調査をされるのだろうが、今のところ学業と任務は別の活動として行われている。
 もう数年すれば任務とも仕事とも混ざった活動をすることになるのかもしれない。彼のように。
 今向かっているのは実家ではない。明日、日を跨いで今日遊ぶ予定の彼の家だ。
 静かに扉を開け、小さく彼の名を呼び帰宅を告げるが返事はない。無理もない。彼も彼で忙しいのだ。
 寝室で寝ているかリビングで寝落ちしているか。どんな寝顔をしているのか楽しみにしながら奥のリビングに進む。ソファには人影がない。回り込むが、誰もいない。バッグや上着をソファの横に置いて寝室に向かう。
 部屋は暗いが、リビングの明かりでベッドの様子は見られる。先が分からない興奮で、ただ人の寝顔を見るだけでも楽しくてたまらない。の能力で視れない相手がただ一人なだけに危険な目にあっても気づきづらいこともあるが、彼が何をしているのか読めないのが嬉しくて仕方ない。
 扉は最低限通れる隙間にして寝室に入る。夜闇に慣れて見えたベッドはふんわりとしているが、平坦で誰もいない。
 彼もまた任務に行ってしまったのだろうかと携帯端末を取り出そうとした。
「先に帰っていたって聞いてないんだけど?」
 背中から巨体がのしかかってきた。
「重いんだけど」
「待ってくれなかった罰」
「待ってくれなかった……?」
 携帯端末の画面を見ると、この後ろにいる男の名前が表記され、電話とメッセージが数件入っている。
「…………ごめん。今見た」
「見たならよろしい」
 彼は体をごろんと避けて寝転ぶ。
「セミさんは先に休んでてよかったのに」
「任務の帰りに何かあったら怖いわよ」
「怖いことは起きなかったけど、残念なことは起きた」
「任務でなにかやらかしちゃった?」
「セミさんの寝顔が見れなかった」
「今からいくらでも見れるから見て頂戴」
 照れくさそうに素っ気なく言った顔に遠慮なく両頬を手で包み思う存分拝んだ。

 ***

 小さく寝息を立てる彼女を見て蟬ヶ沢はくすりと笑う。
「見たい見たいって言って、貴女は先に寝ちゃうのよね」
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