スクイーズ篇 二門

□休憩監視
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 視界は休憩室も兼ねた資料室の天井とちよだ。ぼんやりとした意識で見回すが、窓から見える空の模様で終業には遠い時間であることが分かる。
「セミさん?」
 蟬ヶ沢が寝るベッドの縁に座るちよが彼の覚醒に気づいた。額に触れ様子を視て診る。
「少し落ち着いたかな」
「心配かけちゃったみたいね」
 彼女の能力〈フェイク・シーズン〉で蟬ヶ沢の体調を診ているのだろう。蟬ヶ沢との特殊な副作用で、彼女が心配していたのが視えた。
「あっちの仕事が多すぎたんでしょ」
 ズバリ原因を当てられ黙りを決め込む。ちよは統和機構に入りそう間もない、本来ならば彼女も連れ込むようにと言われているのもこっこりと一人でこなしていたのだ。
 この倒れも疲労が溜まっていたものだろう。
「スクイーズだけじゃなく私にも通知が行くようにしてもらう」
「それは駄目だ」
「でもまた倒れるかもよ?」
 また黙る。裏の仕事は表のデザイナーとは近い雑務もあれば確実に一般人ではしない仕事もある。この世から処分することもありふれた仕事だ。
 ちよは額から手を離し、蟬ヶ沢をベッドの奥に押し込む。何かを置くのかと思ったら、まさかのちよ本人が寝転んだ。
 悲鳴を上げかけるがなんとかとどまる。
 枕を相手側に起こしつつ、腕で広げたシーツで壁を作る。
「ちゃんと休憩出来るまでここで監視しとく」
「貴女も仕事があるでしょ!」
「景山さんが“よろしくやってろ”ってことで本日はセミさんも私も実質今お休み」
 あの同僚がなんの意味を込めているのかが分かったが、彼女には何一つ伝わってなさそうで怒るにも怒れない。
 ぺしぺしとさっきまで蟬ヶ沢が頭を置いていたところを叩く。
「離れて」
「やだ」
「次ちゃんと連れていくから」
「セミさん嘘つきだもん」
「…………ちゃんと寝る、連れていくから」
「しんじない」
 膨れっ面のまま、彼女は寝てしまった。
 あまりにも早く寝たので蟬ヶ沢はくすくす笑う。
「ほんと、次は一緒よ」
 五分くらいは“監視”をしてもらおうかと横になりかける。本棚の隙間から一人の視線が入る。ペパーミント色の特殊な肌色は上手く塗られている。
「………………いつからいたのかしら?」
 とっさに肺にエネルギーを溜める。事故でもなんでもいい、電撃タイプの合成人間を読んで記憶を弄る瞬間があれば、さきほどのやりとりは完全に忘れる。同時にあの合成人間にニタニタと不快なまでにからかわれるがましだ。
「次は一緒よ、あたりから。卓はちよを置いてきぼりにしたのかい?」
「してないわよ。ちょっと私の行きつけに連れていかなかっただけ」
 もそりと心のどこかがざわつく。
 ちよを起こさないように避けて、ベッドから降りる。彼女にはシーツとオレンジのジャケットを掛ける。
「卓が倒れたとき結構な大騒ぎだったんだぜ?その中でちよは冷静に容態を診てたんだから」
 意識が途切れる前にうっすらと何か聞かれた気がしたが、ちよが様子を聞いてくれていたのか。
「寝不足ってところか。僕がいうのもなんだが、卓は早く寝た方がいいよ」
「それならあんたももう少し早く寝なさいよ。それに付き合って仕事している時もあるんだから」
 笑い合いながら職場の階に戻る。
 職員に心配かけたわねと謝りながら仕事に戻ろうとする。十助も元の調理室に行こうと去り際に尋ねた。
「ところでなんで一緒に寝ていたの」
「まだ寝てないわよ」
 帰るまで職員の視線が痛かった。
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