スクイーズ篇
□帰り道
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初めて会ったのは、規模が大きめのイベントだ。私の親が出品をしていて、私はそれに同行した形である。当時の私は少々幼いかったことと、元からの好奇心が旺盛な事から、親のブースを離れてあちらこちら探索した。
出品物はどれも面白いものだったが、一際惹かれたものがあった。
机の上には数体の人形が置かれている。三頭身ほどのデフォルメで、大きさは台座を含めると十センチほどある。
人形の印象を一言で言えば奇抜である。
ヒーローなのか、筋肉質の男の人で全身を金属的な反射をするスーツを着ている。少年向けのようなデザインをしているが、かわいらしい絵柄である。可愛らしさから反してモチーフが蝉のようだ。
黒を基調とした体に、節々に細く金色の線が描かれている。頭に三つ生えた長い角は真ん中が一番長く、両隣の角はやや短い。顔の橋近くに目があり、小さく赤い。凝らして見ると複眼のようなつくりにもなっている。
背中はシマウマのように白い線がある。後ろをすべて覆うほどの大きい羽はシャボン玉のようにきらきら輝きながら反射している。
(頼もしいのか、かわいいと言うべきか)
上からくすくすと笑う声が聞こえた。見上げると、男の人がこちらを見ていた。あまりじろじろ見すぎてしまったのだろう。
他の大人よりも大きい大人であった。しかし大きい割には圧迫感がなく、優しい顔立ちをしていて、恐怖は感じなかった。
「気に入ってくれたかしら?」
彼は見守るような笑みで、話しかけてきた。私は頷く。
彼は私を机の下をくぐらせて、彼の隣の椅子に座らせた。
今日は出品ではなく展示であって、今回は頒布が目的ではないと申し訳なさそうに謝る。
彼は後ろに置いたバックから一冊のスケッチブックを開いて見せてくれた。この中なら何が好みかを聞かれ、正直に答える。すると彼は苦笑いを浮かべる。
見せてくれたのは商品開発のデザイン一覧で、私が答えたのは一番人気がないものだと教えてくれた。私ならこれが一番好きだと言うのに。
不満げな私の顔に彼は苦笑いをする。私が選んだデザイン画が描かれたページを切り取り、ファイルに挿めて渡した。
「そう言ってくれると考えた甲斐があったわ」
「いいの?」
私は素直に貰うか迷う。これを渡してしまえば、このデザインから作ることが出来なくなるのではないかと。
「これを好きだと言ってくれた人に持ってもらいたいわ」
なるほど、これは逆に受け取らない方が失礼に当たると解り、素直に受け取る。自分が持っているスケッチブックに挟めて、ファイルを曲げないように抱きしめる。
「ありがとう……ございます」
「こちらこそ来てくれてありがとう」
気のせいか最初に会った時よりも元気になったようだ。
「ねえ、もしかして貴女も何か描いているの?」
彼が私の胸に抱えられたスケッチブックを指す。見ても良いかと聞かれたので、快く承諾した。普段ならばネタ帳とも言えるものは他人に見せたりはしないが、先に見せてくれたのは彼なのだ、こちらも見せるべきである。
彼はふんふんと頷きつつも楽しそうに見る。将来が楽しみと褒めてくれた。よかったら気に入ったページがあればあげると言うと、彼はすぐにこれがいいと選んだ。人の事は言えないが、彼もまた好みが特殊なのだろうか。過去に友人に見せたことがあるものの中では断トツで人気がないものなのだ。
思わずこれでいいのか聞くが、彼もまたこれが一番好きなのよと答えた。