スクイーズ篇

□帰り道
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 彼の元にいて何分過ぎたであろうか、話し込んでしまったと気付いて戻ろうとする。彼もまた一度休憩に行くと言って、席を離れようとする。ここでお別れするのは惜しいが、ここのようなイベントがあればまた会えるだろう。手を振って別れを告げようとした時だ。
 流れる川に落ちたような感覚が感知の全てを占めた。
 その中で彼に繋がる流れを感じた。ねばねばと棘がまざったような、決して気分がよくなるようなものではなかった。
 不快感と恐怖。彼をこのまま放してはいけないと本能的に判断した。
 慌てて彼の腕に引っ付く。いきなり後ろから飛びつかれて驚いたのか、きょとんとしてしゃがんで私を見る。もうさみしくなっちゃったとか言っていた気がするが、今はそれどころではない。彼の腕に引っ付いて、更にもう一つ気がつく。彼の流れが触れてから見えたのだ。
 抱き付いてきた私への流れと、彼の進行方向のずっと先へ向けられている流れと、周囲への浅い流れ。
 あまりにも必死にしがみついている私に彼は困った顔を撫で、どうしたのと聞いてくる。
 どう説明したらいいか。まだ幼かった私は拙いながらも、一つ一つ伝えたいことを言う。いきなり川に入ったような感覚があって、それは個人からいくつも流れ出しているのだが、その一つが貴方に向いている。今貴方が行こうとしている方向へ行けば怪我をしてしまうかもしれない。
 彼は静かに説明を聞き、考え込む。何か痛むような苦い物を食べてしまったような、今思えば忌々しいと言うのだろうか、そんな顔をしていた。
私はひたすらこのまま動かないで欲しいと頼む。自分ならそれをなんとか解決出来ると思うので、少しだけ待ってほしいと。
「……分かったわ」
彼はそういうと
 彼が無言になっている間、私は少しずつ彼にまとわりつく流れを変える。針金を曲げるように曲線を描きつつ、別の、知らない方向へ向ける。方向を曲げ終える。これで彼が怪我を負うような目に遭うことはないと確証する。
 彼の手から離れ、もう危ない目には合わないみたいだと伝える。
 彼は礼を言うと、真剣な顔で話し出した。
 今自分が見て感じたことは自分以外には話さない事。親であっても、親友であっても話してはいけない。でも、その感覚は、何が見えるのか、何が使えるのかはしっかり分かるように。
 どうしてそれをしなくてはいけないのか聞くと、彼はデザイナーたるものインスピレーションがどうたらで長々と語り始め、言っていることは理解できなかったが、切実に今言った事をして欲しいようだった。
 彼の危機も去り、改めてお別れをすると、彼はシャツのポケットから一枚のカードを取り出した。受け取ると、それは名刺だった。
「新作が描けたら一番初めに教えて」
 私は大きく頷くと、意識が遠くなり、倒れた。

 気がついたときには両親の車の中だった。手にはしっかりと名刺が握られている。
 後から親に聞くと、私は転んで気絶をしてしまい、そこを蟬ヶ沢という人が介抱してくれたと教えられた。
 私を介抱したお礼として両親と共に再び会いに行った。それからは私は彼の元に一人で会いに行っている。

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