スクイーズ篇

□月見
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 蟬ヶ沢が時間指定で依頼主に依頼主に届くように設定し、送信ボタンを押した。
「あー、一応、一区切りは出来たわ。おかげで助かったわね」
 隣に話しかけるが返事はない。ちよは下の階の来賓室のソファに寝かせている。ちよは自分の仕事を終えると眠気が来て舟を漕ぎだしたので、別室で待ってもらっていたのだ。
 階段を降り、部屋に入る。部屋は少し冷えているが、ちよにはジャケットが掛けられている。袖を握り、丸くなっていた。
 すぐには起こさず、すぐそばでしゃがみ込み、頬を突く。軽くつねるが、まったく起きる気配はない。
「ちよは今日の月を見たのかしら」
 仕事を手伝ってくれたのはいいが、満月も一緒に見たかったのだ。こうも熟睡されては起こすのもかわいそうだ。
 起こすのは彼女が家に着いてからにしようと、抱き上げると、首に腕を回された。
「おわった?」
「おわった」
「ごめん、ねてた」
「寝てなさいよ、まあ、あと一時間もしたら夜明けね。ちゃんと起きれる?」
「おきれる」
「朝までいようか?」
「つうほうしてやる」
そういっても腕を話す気はないらしい。
 ちよの家に着き、ちよが車の扉を閉めずに話しかけてきた。
「そういえばさあ」
「なによ」
「セミさん、今日の夜の月って見た?」
「藪から棒にどうしたの。そりゃ、見たけど……」
心臓が跳ねたのを自覚した。
「見たならいいや」
「何よ、気になるわね」
「セミさんも見たならもういいの!」
 やや乱暴に扉を閉められてしまったが、すぐに扉が開けられた。
「なあに?忘れ物でもした?」
「ん」
とだけ言って、蟬ヶ沢のジャケットを返した。
「ありがと」
一瞬だけはにかんで、今度はゆっくりと扉を閉めて家に帰って行った。
 ジャケットは蟬ヶ沢が運転していた間に畳んでいた。広げると、一か所だけ皺が深いところがあることに気付いた。袖だ。丁寧に皺を伸ばしてあるが、それでもうっすら見える。
 なんとなくジャケットを羽織らずに、畳んで助手席に置いて蟬ヶ沢も帰路に着いた。
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