スクイーズ篇

□月見
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 蟬ヶ沢は夜間も事務所で仕事をしていた。締切には間に合うが、少し納期を早めた方が後に何かミスが発見された時に早めに対処出来るので、自分の為の保険でもある。
 作業を進める一時間、休憩として一度パソコンの画面から目を離す。背を伸ばしたり、簡易的なストレッチをしたり。
 窓を見ると月が高い位置に昇っており、今の時刻が日付を跨いだことを気付かせる。
窓を開けて空を眺める。
 なんとなく月をしばらく魅入る。今日の月はいつもよりも何だか惹かれる気がするのだ。
見ている内に気付く、今日は満月なのだ。
 綺麗だなと思ったと同時に一人の人物を思い浮かべる。
 携帯電話を取り出し現在時刻を確認する。時刻は深夜一時。ぎりぎり起きているかどうか厳しい時間だ。通信でも入れて確認しようかと指を動かしかけて止まる。連日のバイトで疲れてしまって寝ていそうな予感がするのだ。
 彼女を起こしてまで今思ったことを言うのも可哀相である。携帯電話をしまい、作業の続きを再開しようとデスクに戻る。
「セミさんいるー?」
「!?」
まさか来るとは思わず椅子から転げ落ちる。いつもならば受け身も取れるはずなのだが、情けなく後頭部を勢いよく強打する。失神しなかったのは頑丈に作られた体のおかげか。痛みは通常の人と変わりなく感じるので、後頭部を両手でさすりながら静かに悶える。
「ちょっと!セミさん、大丈夫?」
蟬ヶ沢のらしくない反応に驚きつつも、机を周り蟬ヶ沢の元へ駈け寄る。手を差し伸べ、引っ張り上げる。
「またなんでこんな夜遅くにいるのよ……」
「緊急の任務が入ったから、その帰り」
「ああ……なら、早く帰りなさいよ……」
「『あいつに送ってもらってよ』って」
ちよは誰なのか言いはしなかったが、彼女の物まねで理解し蟬ヶ沢は顔面を手で覆った。
「あのおせっかい……」
「まあ、送ってもらおうとか期待していないわけでもないけど、それより手伝った方がいいと思ってね」
ちよはデスクに詰まれた資料の山とパソコンの画面を指さす。
「それはありがたいけど……もうこんな時間よ」
「朝までに戻れればいいよ。ほら、手伝えるのはどれよ、教えて」
蟬ヶ沢はため息を付いて、資料を渡す。こうなると彼女は本当に朝まで手伝うのだ。

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