スクイーズ篇

□悪くないかもね
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 任務の帰り。ホテルや観覧車が見える、少し広い橋がある道路を蟬ヶ沢とちよは歩いている。街灯はほんのりと灯すくらいで、顔をはっきりと見るには難しく、薄暗いが所謂ライトアップの演出なのだろうと蟬ヶ沢は足元に設置されたライトを見て思った。直接電球を出さず、下に向けた灯りは通路であることを教える程度。
 彼女の目がキラキラしているように見えるのはいつもよりも高揚しているせいか、それとも蟬ヶ沢の錯覚なのか。
 蟬ヶ沢はちよの少し後ろを見る事が多いせいか、小走りに先を往く彼女の姿は珍しい。彼女とは身長差がだいぶあるので、距離が近いと彼女の頭しか見えないのだ。改めて全身が見えるのだが、今日は長めのスカートを穿いている。階段を上るとスカートがなびき、足がふとももまで見えて、思わず下を向いてしまう。ついでに周囲を見て誰も見てないことを確認し、ちよに止まるように頼む。
「ちよ、こんなくらいところで走ったら危ないわ。ちょっと止まりなさい」
咎めても滅多に言うことを聞いてくれないのは承知しているが、つい癖で注意してしまう。
 勿論、彼女は止まってくれない。これから向かうところは急がないと無くなるものでもないというのに。
「大丈夫だって、足元は見えているよ」
「見えていても、こんな暗さじゃ転んじゃうわよ。もう」
「転んでも、死にはしないから平気だって。ほら、早く」
そういうと、手を差し出してきた。
 一瞬、素直に手を伸ばしかけて止める。何かが違うと違和感を覚えたのだ。
「いらないわよ……」
蟬ヶ沢は自分でも何を拗ねてるのか分からないが、気まずくなり視線を逸らす。
「いらなくてもいいから、ほら」
 ちよは蟬ヶ沢の手首を掴み、階段を上らせる。
「あのね……」
蟬ヶ沢は少し呆れてしまう。こんな繋ぎ方では雰囲気もへったくれもない。それに、この誘いはどちらかというと……。
 ちよは蟬ヶ沢の様子には全く気にせず、階段を一緒に掛け上がる。
 何を急がせているのか解らないが、ちよはずっと蟬ヶ沢を急かしている。
 階段を上ると、視界に広がったのは大きな橋の入り口だった。丁度自分たちが立っているのは道の真ん中で、綺麗に対照的にライトアップが展開されている。橋の向こうにはビルがあり、まだ社員がいるのか、それともホテルなのか。左側には閉演間際の音楽を鳴らしながら、見送りの灯りをつけている観覧車が見える。
 一体ちよは何を見せたかったのだろうか。この光景は蟬ヶ沢には割と馴染みの光景で、特別見どころと言えるものはない。なんてこののない光景である。
「ちよ、これは……」
「昼間に見ると、また綺麗に対照的な感じていいけどね。今の時間だと更に綺麗にライトアップされてて良いと思ったのよ。さっきまでの暗い道からのこれって何か素敵だなって」
 急かしていたのはライトアップの時間が限定されていたと判明し、納得した。
 彼女が手がけるものは独特だが、好みはどちらかというと王道ものなのだ。まさしく、ここはデートスポットにふさわしい場所である。
「……それでも、足元が暗いほうだと思うわ」
 手を握ろうと手を伸ばしたが、つい顔を逸らしたせいか彼女の手首を掴んでしまった。
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