スクイーズ篇

□柑橘類の香水
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 朝起きると、眼前にちよの頭が見えた。
(幸せそうに寝ちゃって……)
 起きないようにそっと引き寄せる。いい加減こんなこと止めさせるべきだろうに、それに甘えてしまっている。
 麻痺は治っただろうかと、頬を撫でてながら思う。呼吸は正常にしている。起きたころには麻痺はなくなるとは聞いた上、ここにいる間もたまに転んでいたくらいで起きた頃には全快しているだろう。
 調べたらいいのだろうが、調べ方に抵抗がある。
 撫でる手を頬へ移し、親指で唇に触れる。
 気になるなら、調べればいいのだ。重ねて、舌を入れて唾液を摂取すれば済む。 
 他の人間なら躊躇いなく必要とあらば調べるが、彼女に関してはよっぽどのことがない限りこんな調べ方はしたくない。気が進まないのだ。
 調べる為とはいえ、中年からキスされるなんていやだろう。前に調べようとした時かなり嫌がられた。
 普通の女子高生はこんなおじさんと寝ることも嫌がると思うのだが、彼女はそうは思わないらしい。それも何もされないと分かっているからこそ出来ることだと思う。別にその手の欲がないので、起きることはないのだが。
 欲はないが誰にもこんなことされませんように。香水のボトルを枕元から取り出して、自身の手に吹きかける。その手をちよの首に擦り付けて、自分にも擦り付ける。
 彼女に彼氏が出来るまででいいので、加齢臭が出てきませんようにと切実に何かに祈った。

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「おはよう。って、セミさん早過ぎ、ちゃんと寝れた?」
早く起きて多少いい思いが出来たので、問題は無い。
「私も起きたばかりよ。料理手伝って」
「はーい」
ちよが蟬ヶ沢に近づく。すんと鼻が動いたのが見えた。何かに気づいたようだ。
「うん、いつものセミさんの匂い」
嬉しそうににっと笑って盛り付けの皿をテーブルに置きに行った。
 思わずフライパンの目玉焼きを見る。
 もしかして、まだ気付いていないのだろうか。
 まさか、美味しいご飯の匂いが自分の匂いだと認識しているのだろうか。
「………………。もう一回首に擦り付けてやろうかしら」
 年甲斐もなく頬を膨らませる。むしゃくしゃとしてきて、レモン味のソースを更にどばどばと掛けた。

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