スクイーズ篇

□身染めの褐葉
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01.いつものお誘い

 いつも誘うのは蟬ヶ沢なのだが、今回はいつもの誘いとは違った。
 蟬ヶ沢は指を鋏の形に変えて、近づいてきたちよに話しかける。
「ちよ、連休の間予定がないならちょっと遠くに行かない?」
 ちよはアルバイトとして蟬ヶ沢の事務所で働いている。受け持つ仕事は同じものではなく、仕事場も同じとは限らない。いつもならちよは一番下の階の雑貨店の店番をしている。
 二人がこうして話す時はちよがお店を閉める時の店の鍵を渡すときか、同じ仕事をする時だけである。
 どちらかが近づいたときにこっそり話すことがある。この蟬ヶ沢が見せた手を鋏の形にするのはこれから話すことは誰にも聞かれてはいけないことを話す合図だ。ちよはこの合図を見ると同じように手を鋏に変える。能力で周囲に音が聞こえないようにしたのだ。
「暇っていえば暇だけど、何?アルバイト?」
「違うわよ。それなら、普通に言うわよ。そうじゃなくって、ちょっと紅葉を観に山岳に泊まりに行かない?」
「うわ、不倫旅行の誘いなんてセミさん悪いおじさんだ」
「私はまだ独身よ」
「それじゃあ、婚期がまた伸びるね」
 けらけらと笑うちよに、蟬ヶ沢はファイルで頭をべこりと叩いた。
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