スクイーズ篇

□身染めの褐葉
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03.隠したい傷

 外に出る前に浴衣に着替えようと蟬ヶ沢が提案した。蟬ヶ沢は別所で着替えると言ったがちよはそれを断る。話し合いの末、片方がベランダで待ち、その間にもう片方が着替えることになった。
 先にちよが着替え、続いて蟬ヶ沢が着替えようと脱ぐと、後ろから声が聞こえた。
「ねえ、セミさ…………」
振り向いたのはちよも無意識の動作だったからだろう。
 ちよの目は見開いて、蟬ヶ沢の半裸を見た。
 鍛えられた体はとてもではないが中年と呼ぶには不相応なほど逞しい。ちよが見ているのは彼の半裸の姿ではない。

 蟬ヶ沢も年若い乙女でもない。見られることに特段抵抗はないので、悲鳴はあげなかったが酷く焦った。
 蟬ヶ沢は裏の仕事ではスクイーズと呼ばれるコードネームを持ち、暗躍している。それはちよも同じだが、彼はちよに自分の任務のことはあまり話さない。
 蟬ヶ沢の、スクイーズの体には無数の傷が刻まれている。裂傷もあれば火傷の痕、銃創まである。
 内心、蟬ヶ沢は自分を責める。この身体は見せたくないものだからだ。傷まみれの姿を見れば蟬ヶ沢がこれまでどんな任務を、人生を歩んできたのかは想像に難くない。合成人間として生きてきたのなら戦いに身を置くのは珍しくない。今のような平穏な時間を過ごせている方がむしろ貴重なのだ。
 蟬ヶ沢をスクイーズだと知られることに安堵もあるが恐怖もある。此方側に来て欲しくないという思いはまだどこかにある。
 貴女のような力があればこれを見せずにいられたのかもしれない。
 少し、MPLSという特殊能力に羨望を抱いてしまった。
「す、すけべ」
 シャツを着直し苦し紛れに冗談を言うが、ちよはぽかんとしながらも蟬ヶ沢の元に歩み寄る。
「その傷」
その、と指し示すが、ちよの視線は見える傷全般を指している。彼女の指は触れることなく、寸前で留まっている。
 半分伏せられた瞼はまつ毛で更に瞳を隠すが、彼女の憂いた表情までは隠せていない。
「……無理は……してないよね?」
「平気よ。これらは全部古傷。最近は怪我とかしていないもの」
無理に明るく振る舞ったのは気付かれてしまっただろうか。触れてこないことに感謝したいが、彼女は今の自分の心境を視てしまうことを恐れ、遠慮しているのだろう。
 貴女の悪い癖だ。
「無理はしないでよ」
凭れて呟く声は少し弱い。
「うん」
 凭れるちよを撫でる。ふと下を見る。……下を見てしまって、上を向く。
「……………ねえ、悪いんだけど、浴衣着てもいいかしら。あと流石に寒いわ」
「あ、ごめん」
 先程の儚げな雰囲気はどこにいったのか、あっけらかんと浴衣を直してさっさとベランダに戻って行ってしまった。
「……………」
 蟬ヶ沢は聞かれないよう小さくため息をついて着替えを続けた。

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