スクイーズ篇

□身染めの褐葉
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05.褐葉色のスーツ

 紅葉を観に行く為に北へ向かう。川沿いに歩いていくと銀杏の木が黄色い葉を落していた。
 銀杏の木はまだ数メートル先だったが、好奇心に負けて、ちよは蟬ヶ沢の手を放して先に駆ける。
 やれやれとため息をつきながら蟬ヶ沢もちよの後を追いかける。
 銀杏の下は葉と実で黄色一面に染まっていた。踏みつけると葉が石で磨り潰される感触がした。
 ちよは落ちている実に触れようとすると、蟬ヶ沢が止める。
「それ、匂い結構きついんだから直接触ろうとするのはやめなさいよ。中身の銀杏は美味しいから、欲しくなる気持ちは分かるケド」
「なにそれ」
「この果肉は食べられないけども、この種の中身は食べられるのよ」
「なんだかセミさんがおじいちゃんみたい」
「失礼ね……」
「そんな知識どこで知ったの?」
「どこって昔……」
言葉が詰まる。何かを探すようにしばらく無言になり、足元に落ちている黄色く染まった葉を拾う。
「昔ね……、きっと昔どこかで聞いたのよ」
蟬ヶ沢は目を細めて、懐かしそうに銀杏の葉をくるくると回す。
 ちよはきょとんと蟬ヶ沢を見つめる。はっと、自分の手元の動きに気づく。無意識に蟬ヶ沢の手を触れそうになったことに気づいて、そっと気付かれないように離す。
 恐らく触れれば懐かしいと思っているのが視えるだろう。しかし、一瞬だけだが細めた目はやや悲しそうにも見えて、視てはならない気がした。
「どうしかした?」
「ううん、なんでもない」
 とっさに視線を逸らして、一枚の褐葉を見付けて、拾う。
 銀杏並木の中に一本存在するトチノキから落ちてくる葉は、色が変わりかけの黄色みがかった褐色だ。一番色の濃い部分を指して、にっと笑う。
「セミさんのスーツの色」
 楽しそうに葉っぱをくるくるさせているちよに、蟬ヶ沢は手を伸ばしトチノキの葉ごと手を握ってきた。
「ほんとね。見事なものね」
「ねえ、こういった秋のイメージポスターにトチノキの葉っぱを使うのはどう?紅葉ばっかよりも、たまには他のも使ってみたら面白いと思うのだけど」
「はいストップ。ここでは仕事禁止」
 いやいやと首を振る蟬ヶ沢は言葉では否定したが、一瞬だけいいわねと浮かべた顔をちよは見逃さなかった。
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