スクイーズ篇 二門

□痕跡
2ページ/4ページ


 間が悪いとはこの事だ。
 蟬ヶ沢のデザイン事務所が襲撃された。犯人とは全く面識がない。
 先に気付いたのはちよだ。ガタッと派手な音を立て、下階に下りる。蟬ヶ沢も後を追う。
 いつもなら愛称で呼んでから事に運ぶ彼女らしからぬ焦りに、不満と不安に襲われる。
「らしくないじゃない」
「もたもたしてたら下にいる人は殺される」
 最後の言葉を言い終わる前に蟬ヶ沢はちよを腕に抱え、階段を一気にかけ降りた。

 蟬ヶ沢の事務所の下の階は店があり、ちよが看板娘のような位置で受け付けている。時刻はちょうど事務所が開いたばかりの時間で、店もちょうど開ける直前の出来事だ。
 ちよという受付兼鉄壁の門番、ちょうど不在の頃を狙ったのだろう。
 一階は阿鼻叫喚、外からでも携帯で撮影する者がいる。建物の外で撮影するものは奇妙なことに撮影するポーズを取りながらも、それ以外の行動は一切ない。撮影こそしなくとも野次馬根性で覗きに来ているものも見るだけで、それ以外の行動が忘れたかのようだ。
「周囲の人間の意識はもうまとめてあるから、構成員が来たら教えて」
「分かった。先に私が行くか?」
「私が的役、スクイーズは矛役で」
「……タイミング次第ではすぐに出るからな」
「はいはい、頼みましたよ相棒(セミ)さん」
 口角を少しだけ上げ、ちよは先に姿を現した。

 室内がどうなっているのかはちよの能力でも分かってはいた。それでも、見慣れた場所が荒され、血が流れる光景には一瞬緊張が走った。
 怯える従業員、外にいて傍観する通行人、一人だけ呆けた様子で立っている男がいる。この男の手にはジャックナイフが握られている。
 遠い未来、ナイトウォッチのコアはこの男に見覚えがあるだろう。だが、この世界で青嶋麿之介という名が知られることはない。
 悲鳴がこだまするなかで異質な音が響いた。
 カシャ
 携帯端末のカメラを起動させ、画面越しにちよは男を見つめる。
 男はこちらを振り向くが、その顔は見たことがない。
 能力で視えるのは、本来の人格に別の記憶が植え付けられたことで上書きされた人格だ。
「どこからそんな人格を拾って来たんだろうね」
 ため息をつく彼女は何度目かと呆れている。
「植え付けられた、が正しいか」
 倒れている職員の中には赤く染まっている者もいる。視る限り、止血すれば問題ない量と視た。
 ちよの能力〈フェイク・シーズン〉により、血液そのものの流れを血管内に止めさせ、無理やり循環させる。止血をするまでの応急処置のようなものであり、能力を解けば再び出血する。
 ちよが職場の人間の意識を全て襲撃犯から逸らさせ認識させず、襲撃犯の意識も自身に集中させる。
 的となったちよはなにもしない。盾となり矛となる人物がいるからだ。
 彼の動きも音も既に職員には感知させないように遮断させた。
「……せ」
 襲撃犯はなにかを呟いた。
 視えている意識がぶれ、布一枚めくれたようにもうひとつの意識の向きが視えた。

*****
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ