スクイーズ篇 二門

□痕跡
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 ここからは相棒たるスクイーズの出番だ。
 チャージは既に済ませている。標的との間には遮るものがなく、最低限の出力で無力化出来る。
 口から放たれる瞬間、
「待って!」
 ちよの声に反応して、一瞬動きを止める。
「生け捕り」
「分かった」
 再度肺の中で威力調整を行い、細かく吐き出す。みしりと肺が軋み、痛みだすが、顔には出さない。
 無音の衝撃波は男に直撃し、資料棚にぶつかり、倒れた。衣類こそ裂けているが出血は多くない。
 ちよが男に近付こうとするので止めるが、大丈夫だと言って断られた。
「あの男、一般人にしても異常な身体能力を持っていたんだ。気絶しても危険じゃないとは限らないんだ」
「大丈夫だって。だってほら」
 そういうと男の顔を指す。気絶した顔には違いないのだが、さきほどよりなにかが違う。数秒眺めてようやく気付く。顔が変わっている。
「こいつもドッペルの被害者か」
 ドッペルゲンガーと呼ばれるそれは、都市伝説を元にした怪現象のことを指す。別の人格が入り込んだことで顔と記憶の書き換えがされているとされ、その原因と犯人は分かっていない。
 ちよがシステムに知られることとなった事件、その発端がドッペルゲンガーの出現だった。
 男の顔が変形し終えると見知った顔が見えた。それはかつて蟬ヶ沢とも仕事をしたことがある人物で、アイスクリーム部門に置いて世話になったことがある。
 本来ドッペルゲンガー化した対象は植え付けられた人格の記憶に引っ張られるが、彼に限っては一部がそうではなかったのかもしれない。
 受け付けられた記憶に埋め尽くされながらも元の人格が抵抗してここに来たのかもしれない。
「植え付けられた人格は視たことがないけども、顔が分かれば特定出来ると思うよ」
 携帯端末を専用機器のコードに繋ぎ、写真を印刷する。
「撮ったのも渡した方がいい?」
「いや、現物の写真だけで充分だ」
 ちよは見回す。能力で様子はわかっても、視覚として見るのとは違う。
「……」
「どうした?」
「ここにいる人、みんなシステムの研究所に連れていかれる……?」
「そうさせない為にも、専用の合成人間に頼むから安心しろ」
 涙目になりそうな相棒の頭をくしゃりと撫でた。

「悪いなポリモーグ」
「皆の今日一日分の記憶はすっ飛んだわけだけど、これでいいの」
「覚えなくてもいいだろう」
 記憶を弄られた職員たちは早引けさせた。途中の仕事の記憶がなくなる心配もあるが、必要なものはパソコンにデータもいれ、こまめにメモも取らせている。それでも何か起きれば蟬ヶ沢の出番だ。
 これからシステムの構成員にサンプルとなる人物を引き渡す。
 ポリモーグは最近赴任された合成人間で、発電能力により人間の記憶を弄ることが出来る。
 襲撃犯はともかく従業員や見られた人間たちに関しては、記憶さえ残らなければ問題ないとされるだろう。
 スクイーズにもこの襲撃は衝撃的だ。任務として受けたドッペルゲンガーの現象の被害はどこか他人事だと思っていた。
 自身が合成人間だと、彼女がMPLSでシステムに入っていて良かったと一瞬だけ思い、首を振る。
 彼女は頼りになるが、こんなところには来てほしくない。
 嬉しそうに同類と談笑する彼女を眺める。
「ポンちゃんいてくれて助かる。記憶の操作とかスペシャリストに頼るのが一番ね」
「いい暇潰しと報告資料になったし、こちらもありがたいわ」
「えへへ。ポンちゃんに褒められると嬉しいわあ」
 ぽんぽんとポリモーグはちよの頭を撫でる。
 突然ちよの体が崩れ落ち、すかさずスクイーズが受け止める。
 ちよの頭から離れたポリモーグの手からはパリパリと微かに静電気が走る。
「ってことで、ご希望通りこの子の記憶も今日の分思い出しづらくなったわけで。いいの?」
「“その為”に呼んだんだ」
「あんた、過保護って言われない?」
「聞き飽きたさ」
 スクイーズは肩をすくめる。
「その子、どうすんの?」
「起きるまで待つさ」
「ならほっとくわ」
 スクイーズが休憩室のベッドに寝かせようと
「ちょうどいいや。ベッド貸して」
謎の提案をされ、怪訝な顔を浮かべる。
「何故」
「ネットカフェとかで寝泊まりしてんだけど、これが寝心地悪くってさ」
「居住の申請はしていなかったのか」
「したした。したけど、なんか時間かかるって。自分で探したいけど手続きがほらあたしみたいのは戸籍とかないから出来ないわけ」
 心底嫌そうな顔をしているスクイーズにもう一声かける。
「記憶を消すのはいいけども、あれだけの人数結構多かったし、ちょっと休みたいんだよね」
 にっこりと笑みを浮かべて、ちよの額にぺたりとくっつける。能力で記憶が戻りやすくなると脅しているのだろう。
 ポリモーグの性格からして脅しているのは冗談だろう。ただ、冗談に対しても、断った後に理由を追求されるに違いない。
 この寝ている彼女をどうするか聞かれる可能性がある。
「……今日だけは好きに寝てろ……」
「へへ、さーんきゅ」
 ベッド一台で買収できるなら安いものだ。

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