スクイーズ篇 二門

□白鳥と鷺鳥
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  3.

  統和機構内において全員から嫌われているといってもいい人物がいる。合成人間であり、コードネームはカチューシャ。嫌われているのは彼女が生まれたときより合成人間の任務ばかりのもっぱら殺ししかしていないことや、煽るような発言、高圧的な態度、おおよそ彼女の言動に関しては良い噂は聞かない。何より彼女の与えられた任務が由来も原因に挙げられるだろう。
 鑑定人カチューシャ。合成人間を鑑定士、判断次第では処分することを生業としている。
 根っからの合成人間殺しの合成人間なのだ。

  ***

 ちよは統和機構所属のМPLSだ。彼女の能力〈フェイク・シーズン〉は脅威と判定されず、スクイーズの監視下で共に任務に就くことなった。
 そう仕向けたのはスクイーズであり、上司のレインだ。スクイーズとしてはちよが統和機構に見つからないのが一番と考え十年以上も隠してきた。
「セミさん」
 スクイーズはレインから言われたことを反復する。
(”嫉妬深いのね”……か)
 ちよがシステムに見つかった以上、アウトレージに頼み安全な場所で暮らすようにすることも出来た。
 スクイーズがどうこうする先にちよはレインにシステムに入ることを伝えていたらしい。それはまだ彼女といれる安心感もあるが、あいつのところに行かなくて良かったとも思っている。
 アウトレージは精神的に不安定で敵味方を殺してきたネストを保護したと聞く。
 あいつは昔から気に食わないヤツにはつっかるが弱った奴、女子供には優しく接しているところがあった。ガキ大将がそのまま大きくなったと言ってもいい。八方美人の性格というよりは気遣いの塊のような人間だ。
「セミさん」
(ちよはこう言った人には弱そうだから合わせたくないんだがな……)
 スクイーズにとってはアウトレージに関わることを考えると気が重い。気分が悪くなるわけではないが、複雑な心境になるのだ。
 気が重くなり天を仰ぐ。冬の星空なのもあってか、遠くの星まで鮮明に光っているのが見える。
 星空に見とれていると別のきらきら光るものが落ちてきた。皮膚に触れると冷たく、しゅわりと溶ける。
 粉雪が舞い、微細な氷がスクイーズとちよを覆いこむ。
 考えすぎて肺に粉雪が入り込んだのか、せき込む。寒い地域では呼吸も辛くなると聞くが、人間よりは丈夫なはずだ。
 掌を見て三秒ほど固まる。
 さきほどまでは掌にはない赤い液体。
”血を吐いていた”
 半開きの口はわなわなと震え、何も考えられなくなる。
(とうとう来たのか……)
「スクイーズ!」
 素手で握っていた手が強く握られてようやく彼女が視ているものに気づいた。

  ***

(やれやれいたか)
 カチューシャは標的を見つけると蹴とばした。
 彼の反応は薄いが確かに頷いた。
「守備はどう?」
「ええ、既にファイアー・クラッカーを放ちました。もう二撃目を放っても?」
「いいわよ」
 カチューシャは特定中の特例、鑑定の合成人間。
 スクイーズが裏切らないか鑑定してきたのだ。

  ***

 スクイーズは掌の血を無理やり雪の中に突っ込み、隠す。ちよを抱えてすぐさま飛び出す。
 飛び出した瞬間皮膚に痛みが生じる。それは手に触れているちよに感覚と感情が伝わったようで、彼女も苦痛に顔を歪める。痛みに耐えながら動いたのは功を奏した。
 彼らがいた場所が異様な音を立てる。飛び去る瞬間ちらっと見たスクイーズは戦慄した。
 寒い地域では雪が降るのは当然のことだが、より寒い地域はそんな塗りことは起きない。
 氷も冷えすぎれば粉になる。雪も氷の結晶だが、極寒の地域では雪が積もることはない。粉として留まることなく地域中を風に流される。
 移動しながらも足跡が追いかけるように凍り、風が吹いた瞬間に氷の砂が流されていく。
 これ以上の足での移動はまずいと考え、ちよの手を握る。彼女の能力は流れが視え、その向きを変えることが出来る。触れるとちよの視ているものが一時的に共有されるだ。
 重力で引っ張れる向きが一気に変えられ、空に落ち、横に落ち、林の中に落ちる。ジェット機の用に上下左右、Gに振り舞われたことで意識をスクイーズは失いかけるがなんとか堪える。これでもまだ彼女の正業があって軽減されているのだ。
 ある程度は姿や音を遮断して落ちてきたとしてもちよのこの遮断能力の効果範囲はそう広くない。林に落ちたことは気づかれただろう。
 ちよの能力で摩擦や衝撃はある程度は和らげたが、木々の枝に刺さらないようにちよを抱き込んでいたからか顔や手足は傷だらけだ。
 また咳き込む。口の中が血の匂いで充満し、今すぐ吐いてしまいたいが我慢する。彼女に心配を掛けたくない。
「セミさん、無事?」
「平気だ」
  相手が来るまで癒しておきたいが、そう時間もないだろう。
「……セミさん」
「”スクイーズ”」
 内心愛称で呼ばれて癒されるが、今は戦いの場。切り替えねばならない。
「スクイーズ」
 彼女はひたりとスクイーズの首に手を添え、身を寄せてきた。

  ***

 TBDは突如消えたスクイーズとその相棒を見ても驚かなかった。それよりも、スクイーズの手に視線が吸い込まれた。
 ゲルリッヒ実験、 かつて 統和機構で行われた実験の一つで、スクイーズは唯一の成功例だと聞く。アウトレージ、タンク・フォークも能力が未熟であったり、身体の成長の不具合など、生きている者はこの三人だ。
 アウトレージは統和機構から逃げ出してからは合成人間の逃亡を手助けしている。助け出された合成人間の中には能力制御が下手な失敗作でさせ引き取り、保護しているらしい。
 アウトレージもスクイーズを保護しようとしているのか。
(まあ、僕はここから逃げ出せるならなんでもしますよ)
 彼らが落ちたと思しき林に向かう。
 林からやや距離がある中でTBDは立ち止まり、手をやや斜め上を向ける。

  ***

 TBD、正式名称は駆逐艦Torpedo Boat Destroyer、暗殺魚雷ファイアー・クラッカーを使って相手を凍らせる能力を持つ合成人間だ。
 今日使われている魚雷はホーミング魚雷といい、標的を誘導して攻撃する。アクティブ・ホーミング方式、セミアクティブ・ホーミング方式、ウェーキ・ホーミング方式、他にもあるが、このTBDのファイアー・クラッカーはそれらにちなんで名づけらえた。
「そうだな、彼女がオルガンと命名されるなら君は暗殺魚雷ファイアー・クラッカーがいい。彼女が陸上の殺戮兵器、君は海上の殺戮兵器だ」
 ファイアー・クラッカーは二撃するとで相手を仕留める。厳密にいえば”あの辺にいたもの”に向けて攻撃される。カチューシャのオルガンのようにやや標的を定めづらいのが難点だ。
 一度の攻撃を受ければ逃げることは出来ない、一滴でも付着すれば二撃目の攻撃を交わすことは出来ない。ホーミングのように反射波と捉えるように二撃目の体内から発射された薬液はやや外気に触れた一撃目の付着した薬液めがけて砲撃する。
 当たれば爆発する。ただその爆発は火薬による爆発ではない。急激に物体が凍ったことにより体内の組織が重みに耐えきれなくなるのだ。
 TBDが海上自衛隊にいたころ、海上の保安とシステムの監視も兼ねていたころ。不審船を発見してはファイアー・クラッカーを放っては消してきた。海では不審船はよくあることだが、そこにはシステムからの脱走者がいることがある。万が一システムのことが余計に広まれば混乱が生じる。
 あるとき潜入していたパールからアウトレージという脱走していた合成人間がいると聞かされた。発見次第攻撃しろと言われる。これまではだいたいの範囲に向けて攻撃してきた。他の砲撃型の合成人間のように目標を定めて放つ必要のなかった。
「僕に誰かを撃つことが出来るだろうか」
 艦内は不審な者は人ひとりいない。いた方がおかしいのだ。それでも見回っていると時間外にも関わらずシャワー室が稼働してる。
 まさかと思い気配を殺しながら近づくと褐色肌の白髪頭の男と幼すぎる幼女がいる。前者はアウトレージだと理解したが、幼い少女については聞かされておらず、うろたえたTBDはアウトレージに逃げられてしまった。
 追いかけその途中だ。上から赤黒い液体が降ってきた。 
 とっさにファイアー・クラッカーを放つ。
 それが功を奏した。一撃目でもある程度は凍らせることが出来る。ただ、なんだこれは。どこへ行ってもあるのは赤黒い液体。
 闇雲にファイアー・クラッカーを放ったことでネストの溶解の霧から逃れらえていたとは彼は気づいていない。艦内の生存者が全員が赤黒い液体に変えられたことに気づき終えた直後、甲板から衝撃が伝わる。
 TBDは悲鳴をあげる余裕はない。合成人間である身はこの赤黒い物体はアウトレージか、パールか、いずれにしても合成人間の仕業だというのは合成人間たる側面が冷静になったことで、理解が追い付いてきた。
「左義長生きていたか」
「日和伍長」
 唯一の生存者にほっとしたのもつかの間だ。
「今の衝撃のせいか浸水し始めている。来てみれば周囲はこんな血だまりみたいな光景になって、誰もいりゃしねえ。お前だけでも逃げろ」
「ですが」
「行け!これは命令だ!俺だって何が起こっているかわからん。だがほかに生存者がいるかもしれないんだ。お前だけでも先に行け!」
 日和が壁を殴る。
 じゅわ、何か焼けこげるような匂いが立ち日和の体が溶け燃える。
「あ……ああ!」
 とっさにファイアー・クラッカーを放ち、日和の溶け燃える体を凍らせる。痛みに耐えかね倒れる体が赤黒い液体に触れ、さらに溶け燃えていく。
 日和が諦めたように首を横に振る。
 浸水していく艦隊、沈む伍長。
 海の足元を凍らせ、それを蹴る。微かに見える陸地を頼りに泳ぎ続ける。
 左義長はもがき泳ぎながらも脱出した。
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