スクイーズ篇 二門
□白鳥と鷺鳥
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6.
カチューシャが去ったあと先ほどのスクイーズが隠れていたかまくらを覗き込む。
そこにはTBD、左義長がいた。左腕は肘から焼けこげ、その先はない。
ちよは左義長の傍に寄り、焼けこげた部位を〈フェイク・シーズン〉で落としている。
ちよが左義長の手を握っていたのは彼の体組織を視る為と、カチューシャの攻撃の向きを左義長の腕に当てる為でもあった。
「あいつ、ずいぶん落ち込んでいたがいいのか?」
左義長は苦笑いを浮かべながら頷く。
「勝手も負けても同じこと。降りれないゲームならばゲームを変えてしまえばいいじゃないか、とね。
もうシステムにいる必要はないと感じましてね。人を、同胞を焼き飛ばすのも疲れてきたんです。統和機構は世界のためにMPLSを合成人間を狩り、守るのが使命とは与えられてきましたが、これからは自分自身が守りたいものに効力を行使しようと決めたんです」
「カチューシャはその対象じゃないのか」
彼はやや悩むそぶりをしたが苦笑いを浮かべる。
「そんなかわいい人って感じじゃないんですよ。どちらかといえば、真っ向から勝負がしたかった」
焼けこげた部位が落ち切ると、スクイーズが鞄から一本の腕を取り出す。これはある程度までは再生不可能な合成人間用の腕の予備として造り出されたものだ。
スクイーズ達は左義長の予備の腕と届ける為、合成人間として完全に死んだと思わせるためにこの任務に着いたのだ。この腕を造り出した者も部位再生用の合成人間で、事情は左義長本人から伝わっている。
左義長には元より脱走の計画はあった。準備もしていた。行く当てもあった。あとは逃げるタイミングだけであり、それが十月の電波障害だった。
「あちらに先にいけば、いざカチューシャが統和機構にいれなくなったら迎えられますからね。DDTの目的には僕も賛同してましす」
左義長の欠けた腕に予備の腕をつけてしばらくするとくっ付き、予備の腕ごと再生し始めた。ちよの能力の補助もあり、普段以上に早く再生が進む。
「貴方も“こちら”に渡ってもいいのでは?“彼”ならばきっと喜ぶ」
「いいや、私は所詮は留鳥。ここから離れることは出来ない。離れたくないんでね」
「了解しました」
「それが狙いか?」
「ええ。それが彼との、アウトレージとの契約条件の一つでしたので。それと」
男はいいよどむ。それまで沈黙を貫いてきた少女に視線を向けて、
「貴女は……来ますか?」
「デザイナー蟬ヶ沢の活躍が追いかけられないなら私は行くことはないわね」
「早く貴方の作品を見れば私も……なんてですけどね」
***
とぼとぼと濡れ鼠が歩いている。
普段はフランス人形のような綺麗な出で立ちをしているのだろうが、身ぎれいな衣服も髪も顔も濡れている。
さらにその右手には黒い枝を持っている。力を入れれば折れるだろうが、落とさないように、壊れないように彼女にしては珍しく繊細に持っていた。
電車に乗り込み、海に沈む月を眺める。カチューシャの目が見開く。
波止場に一人の男が立っている。その男は手を顔の横に上げ、ゆっくりと左右に振る。
……ばいばい
カチューシャは思わず窓に引っ付く。誰かは判別は付かない。付かないが確信がもてる。
電車が動きだし、離れていく。
見える限りずっと眺めていた。
左義長は波止場にいる。海岸沿いの電車に乗り込むカチューシャの姿を眺めながら少し寂しそうに手を振り、見えなくなるまで手を振っていた。
「……これはたんなるお節介だろうけど、次会えるときはもう少し気楽に話せると思うんだ」
このばいばいは別れではない。“いってきます”だ。
気のせいか、電車の中の人影もかなり小さく何かを振った様な動きが見えたが、既に遠くに言っていた為確信は持てなかった。