スクイーズ篇 二門

□解き明かし
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 ビジネス街は夕方に傾ければ星空に溶け込むビルと星と共に空を灯すビルに分かれる。また一つビルが星空に溶け込む。
 蟬ヶ沢はくらくなったビルを見上げる。このビルはかなり奇妙な作りになっている。設計者は既に昨年の秋ごろに死んでそのデザインの意図は闇に葬られている。
 日曜日の二月十四日にこのビルは初めて日の目を見て、すぐに葬られる。
 寺月恭一郎の所有物というだけで金と存在を放つ。
 死んでもなおその存在は消え失せない。
 彼のビルはこれだけに止まらない。彼が携わった建物は病院にビルに、何棟あるかはそれこそ財産管理をしている鍵之橋にでも聞いてもわからないだろう。
 無差別ともいえるほど分野を選ばない業種は彼の特異性を隠すどころか向こうからひけらかしている。
 蟬ヶ沢にはこのムーンテンプルにも何か隠されているのではないかと気になっているのだ。
「設計に何の意味を込めたのかは聞きたかったわね」
「それは君も同じだろう?」
 背後から突然話しかけられ一瞬殺気を出しかける。
 振り向けば奇妙な姿をした道化がいた。
 みしりと別の道化を思い出し、胸が痛む。
「同じとは何かしら」
「設計であれ、行動を起こす時の起因は一つにとどまらないものさ。人は何に影響されるのか影響を与えるのなんて全容を知ることはない。君が生きてきた中で一体何人の人間と会ってきたのは数えたことがあるかい?毎日、毎朝食べるパンの枚数を変えたことはあるかい?すべてが君という存在を与える糧であり、君もまた誰かの糧だ」
 奇妙な道化は綺麗にライトから遠い場所におり、顔は見えない。ただ、この声はどこかで聞いたことがある気がする。
「そうね、デザインは膨大な資料と経験によって培われるものだわ。多くのデータを自分の中に入れて、抽出することで自分のデザインに変えていく。自分らしいは誰かかから受け継いだものかもしれないわね」
「受け継いだとしてもそれをどうするかを決めるのは君さ。あのビルが今後どうなろうと、彼がどんなことを考えていたとしても、君にが出来るのは君が選択した行動だけさ」
「そうね、それでもデザイナーたるものあのビルを作った意味は解き明かしたいわね」
「なら君なら解き明かせるんじゃないかね。デザイナーさん」
「私も有名人かしら」
「人から聞くくらいには有名さ。君が掴んだその仕事は自ら掴みとった職業だろう」
「……そうね、少なくとも私はこの職業には誇りを持っているわ。だからこそこのビルには興味がある。ねえ、さっき言っていた私も同じってなんのこと?」
 道化は呆れたように肩をすくめる。
「デザインはデザイナーが培ってきた情報の集合体だ。そこに何かがあるとするなら、君はなんの意思を隠すかい?」
「御大層な自分の名前をビルに名づけるものね。それなら寺月じゃなくて恭一郎にでもすればいいのに」
「存外自分のことじゃないのかもしれないぜ」
 無差別ともいえるほど分野を選ばない業種は彼の特異性を隠すどころか向こうからひけらかしている
「……彼は私と同じよ?」
 合成人間は子供が出来ない。幾度も実験で証明されてきた。
「おや、そうかい?君はいかにも子煩悩になりそうな人に見えるぜ?」
「寺月恭一郎よ。一体何人の認知した子供がいると思っているの」
 一人だけ寺月恭一郎と関わっているが、何も関係性がない子供がいる。表向きは株トレーダーとの個人商談の会議としてよく会っていた。
「君はそういう相手はいないのかい?」
「私はずっと一人よ。友達はずっと遠くにいるし、……」
「そんなこと言ったら“彼女”が泣くんじゃないのかい?」
「あの子も友達よ。ただの友達。年の近い友達と、ただのすごい年下の友達。貴方にはいないの?」
「僕もいたよ。ひとりだけね。最初で最後の友人さ」
 また一つビルが夜空に溶け込み、道には帰宅する社会人が出てくる。
「そういえば、貴方はなんでこんなところに?」
「なに、思い出の場所らしくてね、僕も解き明かしたかったところなのさ、彼女と彼の意図をね」
 薄暗いほぼシルエットでしか見えない姿もなぜかウィンクしたのが分かった。
 彼は気が済んだのか闇に溶け込んで消えてしまった。
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