スクイーズ篇 二門
□心肺停止
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02.
ちよが蟬ヶ沢の家に入るのはこれが初めてではない。
蟬ヶ沢の家に入ると毎回どきっとしてしまう。本が積まれており、仕事の資料がちらばったり、しまい忘れているのだろう。なにかが落ちていたり、片付いていたり、ちょっとしたことで生活感が見えて笑ってしまう。生活感の中にもうひとりの彼も見えてくる。
スーツの裏をめくり、ポケットに入っている端末とスーツの裾を見る。
専用の連絡用端末は高い確率で彼は持っている。仕事の書類でも任務と合わせたものや、衣類の汚れから微かに以前は隠していた側面が分かる。
これもちよが統和機構に入ったからだろう。本来ならばちよが蟬ヶ沢の家に来ることはあり得なかった。ここは蟬ヶ沢とスクイーズの側面が散らばったピースとして落ちている。
干されているシャツを視る。一般の人間には綺麗に洗濯されたように見えるが、能力で目を凝らすと返り血が繊維に入り込んでいるのが分かる。
見えない血痕に手をかざし、血液成分を分解する。分解された成分は窓から入ってきた風により飛ばされ散り散りになる。
「もしかして、まだ汚れが付いてた?」
部屋着に着替えてきた蟬ヶ沢が戻ってきた。
「もう取ったから大丈夫。それより……」
聞くのを止める。返り血がある時点で少なくとも相手は生きている可能性が低いのは容易に想像出来る。
後ろにいる蟬ヶ沢を見る。
怪我はしていない。
ほっとするが素直には喜べない。
「………………」
「大丈夫よ、任務じゃないわ」
ちよが気にしていることが分かったのだろう。蟬ヶ沢は苦笑いを浮かべる。
「でも、しばらくは裏通りは行かない方がいいわ。あのエリアは取引現場が多くて危ないの。下手したら気分が悪くなるわよ」
「ど過保護」
「目の前で何度も倒れられたらそりゃ過保護にもなるわよ」
「怪我もだけど、セミさん、……スクイーズは大丈夫?」
任務ではありふれたことだったのだろうが、それでも堪えるものだろう。
その心配も握る直前の指に触れた瞬間に冷める。ほんの一秒ほどでも何の感情を抱いているのかは視えた。
「…………慣れたって言った方がいいかしら」
憂いた蟬ヶ沢の脇を通り抜け、キッチンに向かう。
「慣れたならいいや」
「なんだか冷たくない?」
がくっとこける蟬ヶ沢を尻目に湯を沸かす。
「ぬくぬくさせ過ぎても駄目でしょ」
「時期としては寒いわ」
インスタントコーヒーとミルクの粉末、砂糖を入れる。
「甘やかすのはよくないって」
「ちょっとぐらいいいじゃない」
沸いたお湯をカップに注ぐ。
「なにごともほどほどがいいの」
蟬ヶ沢をリビングに座らせ、そのまま膝に乗る。
固まる彼に珈琲を渡す。
「ほら、とりあえず一息つこう?」
テレビの電源をつける。例のムーンテンプルの事件とその直後に起きた崩壊事件の報道がされている。
ぽすと後ろにもたれる。蟬ヶ沢は一瞬身を固めて深呼吸をした。
彼の緊張した様子にはくすくす笑う。
スーツの汚れから心配はしたが、少なくとも怪我はしていない。
一緒の任務であればある程度はが防げる。
蟬ヶ沢は唯一触れなければ能力では視えない存在だ。だから視えないところで何かあったらと思うと気が気でない。
十年分の貸しとしてはこれでも足りないくらいだ。
「ちょっと甘すぎるんじゃないかしら……」
「砂糖入れすぎた?」
見上げて聞くと、ふいと視線を逸らされる。
「いえね、そうじゃなく……、そういうことにするわ」