スクイーズ篇 二門
□灰色から橙色に。
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「さて、君の名前を決めておかなければならない」
車の中の帰り道に彼は“あちら”の顔として話し始める。
「セミさんがスクイーズであるように、別名が必要って訳ね」
「そうだな。……出来れば今後スクイーズとして過ごすときは別名で呼び合うようにしてくれ」
「今はどっちで呼ぶ方がいい?」
どちらとして接しているのかは彼も決めかねているのだろう。困った顔は蟬ヶ沢、冷静に考える顔はスクイーズだ。
どっちつかずに、でも真剣にちよの今後のことを考えてくれているのはちよの能力で視れなくとも分かる。触れれば確証も取れる。ギアを握る左手とちよの手の距離は数センチ。
先ほどまで蟬ヶ沢の事務所の屋上で泣いたとは思えないほど落ち着いている。
そのことを話せばその時の感情の向きが引き出されて、ちよがその気になれば固定することも出来るだろう。
その気になれば、私のどっちつかずのこの心も向けることが出来るだろうか。
灰色から橙色に。
「セミさん、決めた」
運転席から咽る音が聞こえても気にせず話を続ける。
「この力は“フェイク・シーズン”って付けることにした。うん、コードネームもこのまま決めてもいい?」
「決めたならいいが、私からも提案があるが」
「せーので言い合いっこ」
彼は、
「風見鶏」
ちよは、
「ウェザー・コック」
ちよは彼を見て、運転中の彼は一瞬こちらを見た。
「意味同じじゃない」
「違うわよ」
「わよ」
「違うぞ?」
語彙を一文字ずつ強めて否定してきた。名前を考えていたところは蟬ヶ沢としての思考というわけか。デザイナーとしての感性としてか、蟬ヶ沢個人としてか、どちらにせよ考えてくれたことは嬉しく思う。
ちよは緩んだ頬を袖で隠す。にやにやが止まらない。
「私は天気予報は出来ないけど、向きは見えるからうってつけだものね」
「でも、貴女は英語の方がいいのね」
残念そうに言った彼は言葉遣いも雰囲気も完全に蟬ヶ沢になる。
「セミさんの考え方も聞いてから決める」
「……日和見主義なところがまさに合うわ」
「貶してない?」
「良いと思ったことにはすぐに判断を切り替えられる。怯えてばかりの私には羨ましい感性よ」
ちよにしか聞こえないように囁くように言う。
「それに、貴女の名前が入っているじゃない」
「絶対ウェザー・クロックをコードネームにするわ」
これ以上貴方色になってたまるか。
むすっと顔を外に向けると窓には赤みがかった顔が見えた。