スクイーズ篇 二門

□禍福時間のものさし
1ページ/1ページ

 膨れっ面で睨む顔も可愛いと思うのは馬鹿だと思われるだろうか。
 能天気に頭一個半低い少女に睨まれる絵面は親子か叔父と姪かとおもわれそうだが、どちらでもない。関係としては全くの赤の他人で血の繋がりも遠い親戚でもない。
 事務所の中で起きている修羅場にスタッフは興味津々とあったかい応援をしてくるが、応援されるのはちよのみで蟬ヶ沢はからかわれる。
 修羅場を起こしつつもちよは頼まれた作業をこなしている。まだ中学生なのでアルバイトとして雇えない状態ではあるが、ソフト編集の技術は確かなもので半ば従業員のような存在だ。通常は蟬ヶ沢もちよも別の部屋で作業をしているが、今は確認作業も兼ねて同じデスクで作業している。
 隣に座っているから雑談も出来るなと浮かれた蟬ヶ沢だったが、禍福は糾える縄の如しよりも酷く、お菓子も一緒に唐辛子を食べさせられているような気分だ。
「誤解なのよ」
 統和機構の任務の都合で任務対象と出掛け、必要な情報を引き出した後で処分した。
 ちよが話しているのは出掛けていたところだ。そこだけならまだマシといえばましではあるが、これはこれで困る。
「セミさん独身って言っていたじゃん」
 気楽に自分は合成人間で任務の都合で色仕掛けをして殺しましたなんてこと言えるわけがない。
「…………仕事の付き合いで」
「あの女の人はなんかアヤシそうなのが視えてた」
 ちよの能力〈フェイク・シーズン〉は様々な向きが視え、それを制御することが出来る。この力を持つ人間をMPLSと呼ばれ、統和機構は発見次第即時報告とされている。全合成人間の共通任務であり、蟬ヶ沢ことスクイーズも当然義務とされている。
 現状、ちよがMPLSであることを知りつつも、彼女には統和機構に知られないようにかつスクイーズ自身も合成人間だと知られてはいけない弊害が起きている。
 蟬ヶ沢としてはどう信じてもらえるか困った。触れられなければ、蟬ヶ沢の心の向きも本音の流れの向きも視えはしないのだから。
 ちよの手をちらっと見る。PC画面からは目をそらさず依頼内容に沿った編集を淡々とこなしている。時折資料とにらめっこしている。
 蟬ヶ沢は給湯室に一時避難し、珈琲を持ってきた。ちよにも渡し、受け取るように仕向ける。
 蟬ヶ沢がちよの好みを完全に捉えた珈琲なのに、彼女は珈琲を睨む。
「休憩。ずっと画面を見てばかりだと視力が落ちるわ」
「ありがとう」
 ちよは蟬ヶ沢から珈琲を受け取る。指が触れ、その瞬間ちよの能力を伝って彼女の意識の向きが視えた。
「あの……、セミさん。手、放してもいいよ?」
「ええ」
 言葉を無視し、茶菓子も机に置く。
 逃げられないと観念したのかちよはため息をつく。
「ところで、アヤシそうって?」
 ちよは触れっぱなしの指から視線を逸らす。空いた片方の手でハサミの形で切る仕草をする。
「かっこいいとか、言われたり」
「誉め言葉じゃない。悪い印象じゃなくてよかったわ」
 既に処分済みではあるが。
「なんか変なことされなかった?」
「それ私のセリフよ。でも、まあそうね、変なことはされなかったわね」
 必要な情報を聞き出した後処分したが。相手の警戒を解くためにしたことを考えれば、変なことをしたのは蟬ヶ沢の方だ。
「セミさん、もしかしてあんまり相手が興味なかった?」
「それはそうね。仕事だったもの」
 詳細が言えない裏の仕事だ。
 視線を逸らしていたちよがいつの間にかこちらを見ている。周囲の音も正常に聞こえる様子から、どうやら防音も解除したらしい。
「仕事だとしても、根を詰めすぎちゃ駄目よ。まずはこの珈琲を飲んでから、続きをしましょ」

 いつもの帰りの車の中。一波乱でしたねとすれ違うスタッフに言われまくり、いつもよりも疲れた気がした。
 助手席に座るちよも、不機嫌さはなくなったがどこか不安そうな顔をしている。
「真面目な話さ、なんでセミさんは誰とも付き合わないの?」
 固まる蟬ヶ沢を無視して話を続ける。
「今回だけじゃないよ。出掛けてた人以外にもそう低くない好意を向けてる人はいる」
 彼女は人の心が視えるのだ。蟬ヶ沢を除いて、目隠しをされても特殊な能力は自分でも防げない。
「セミさんは忙しいけど、昔から何だかんだ会ってるし。こんなこと、相手がいないと出来ないよね」
「……そう、ねえ」ちよの手を握る。「あまり詳しいことは言えないのだけども、この間のは本当に仕事でしなくちゃいけなかったことなのよ。そしてね、仮に私に相手がいたとしたら、確かにちよとは会うことは減るわね。誰を優先して時間を使うかで優劣は決まるもの。今後、誰かとは想像が付かないけども」
 震えるちよの手を痛くない程度にやや力を込めて握る。
「一番の大事な人が誰なのか決まっているわね」
 少なくとも命を懸けて守りたいのはちよ以外にはいない。誰も知らない。
 唯一の反逆。誰にも、ちよにも知られる訳にはいかないのだ。
「ちよとは好きで会っているのよ」
 掴んだ手を引っこ抜かれる。ちよは蟬ヶ沢のマフラーで持ち主の頭をぐるぐる巻きにしてきた。
 ちよは捨て台詞を吐いて帰る。
「セミさんの幼女趣味!」
「……ええ」
 嘘は言ってない。握っている間にも本気なのはちよもわかるはずだ。能力で見た蟬ヶ沢の心の向きが嘘偽りのない言葉だったのにも関わらず、罵倒されてしまった。
 マフラーをほどき、握っていた掌を見つめる。会った頃と比べれば、大きくなった掌だ。
 何年掛けて守るのかはスクイーズにも決めていない。あと何年守れるのかのほうがよほど現実的だ。
 今が禍福かどうかで考えるならば確実に後者だ。次が禍ならば、スクイーズは次の幸福の為にシステムの任務に従い、また貴女と会う幸福を得るのだ。
次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ