スクイーズ篇 二門

□蝉吟
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 校舎から出ると蟬ヶ沢が待っていた。相変わらず派手な色のスーツだが、けばけばしさはない。配色センスの良さを見るとデザイナーとして素敵だと思う。
 事前に蟬ヶ沢から連絡は来ていた。来た理由の半分は、スクーターを蟬ヶ沢の事務所に置いてきたからだ。わざわざ迎えに来たと言うことは今日はペパーミントウィザードの手伝いなのだろう。デザイナー事務所の店番はしなくていいらしい。
 仕事のためとはいえ、蟬ヶ沢と車で移動するのはとても好きなのだ。
「セミさ」
 喜ぶ声は一瞬で固まる。
 蟬ヶ沢の隣には先輩の竹田啓司がいた。向こうもちよのことは知っているらしく苦笑いをしている。
 すれ違いにクラスメイトから逆両手に花だの、藤ちゃんに浮気はばれないようにしなよと言われる。
 この言われようを見て、蟬ヶ沢もいつものエスコートはせずに車の扉だけ開けてくれた。

 ちよは帰りはスクーターで帰った。蟬ヶ沢と竹田は残って作業すると言われたのだ。ちよの担当分は終えていたのだ。いつもなら残って蟬ヶ沢の作業を手伝うのだが、今回は竹田がいるのだ。ちよは大人しく帰路に着いた。
 帰宅後、勉強をしていると、二階にも関わらずノックが聞こえる。当然、蟬ヶ沢だ。困った顔で開けてと窓の鍵を指差す。
 ちよは自分の携帯端末を確認したが、バッテリーが切れていた。
 作業も終わってから間もないはずだが、夜遅くにも関わらず彼はやってきたのだ。二階から来たことについては突っ込まない。
 窓から彼を入れるのも慣れたものだ。靴は足元のシューズケースに入れる。
 ベッドに寝転ぶ。体が大きい分、足がはみ出ている。
「疲れた」
「夜這いおじさん」
「うるさいわね」
 ズボンの裾を上げて湿布を貼る。べしっと強く叩いても彼は一切気にしない。
「ありがと。足の浮腫が取れるかしら」
「合成人間なのに浮腫むの?」
「一般人よりは丈夫でも限界があるわよ」
「明日は最後まで付き合うから、一緒に帰ろう」
「気遣いは嬉しいけど、早く帰ることになるわ」
「早く帰っても家で仕事してたら意味ないけどね。セミさんはちゃんと私を使うこと」
「任せられることろは任せてるでしょ」
「任務の時はもっと任せていいんだからね、スクイーズ」
 冗談半分本気半分でいいながら、ウインクをする。
「…………善処する」
 そっぽを向かれてしまった。ちよを任務でもあまり連れて行かないのは心配しての行動なのは分かるので、少しずつ頼ってくれることを願おう。
 ちよがにやにやしていた間に、蟬ヶ沢はこちらに向き直っていた。
「ねえ、明日、大丈夫?」
「なにが?」
「行くとき、からかわれてたでしょ」
「女子同士はあれくらいはよくあるよ」
「……そう?」
「そ」
 ちよもベッドに寝転び、蟬ヶ沢の胸に埋もれる。彼はやや後退したが構わずにくっ付く。困ったり、恥ずかしがっているが、断られてないので構わずぎゅっとする。
 迎えのときは、通りすがりの女子高生の視線も感情も蟬ヶ沢に向けている方が多かった。物珍しさもあるだろうが、ちよは分かってる。
「……だってセミさんかっこいいし」
「いきなり褒められると反応に困るわ」
 嘘はついてないが伝わってない気がする。
 これはちよにしか視えない世界なのだ。意識の向きが視え、触れることが出来る。
 どんなに素敵な視線を送られているのかは気付いてないのだ。
 その素敵な人の側にいる同級生となれぱ………。
 セミさんは素敵なのだ。
「うん」
「うん、て…………」少し躊躇うような息が漏れる「そうね、しばらくは迎えに行くのは止める?送るのもあんまり出来なくなっちゃうけど」
「それはちょっと嫌」
「そうね。私も嫌だから止めるわ」
「行ったの本人なのに」
「確認よ、確認。でも注目が集まって気まずいのも困るでしょ。次、少なくとも竹田くんが一緒の時はすこーし遠いところで待ち合わせしましょ」
「うん」
 ぎゅうぎゅうと抱きつく。抱き返してくれないのはわかりきってるが、離してくれとも言わない。もっとも、日によっては言われてしまうのだが。
 蟬ヶ沢としてではこんなことしないだろうし、スクイーズだけでもこんなことは起きない。
「あの、ちよ。今日はやけに大胆というか、素直というか、凄くかわ……なんでもないわ」
 言いかけた言葉の予想はついたが、酷いことに言ってくれない。
「竹田先輩は悪くないけど、車の時二人っきりになれなかったから、その分を取り返してるの」
「私成分チャージね」
「ミンミンうるさそう」
「あら、今ミンミン鳴いてもいいのよ?」
「どーぞどーぞ、聞こえるの私だけにするからいいよ」
「覚悟しなさいよ」
 蟬ヶ沢は深呼吸をする。
「“セミさん”って呼ぶときのちよって好きよ」
「……………………………はあ?」
 思わず見上げてしまった。反応に困るが、彼の顔はさらに反応に困った。
 橙、朱色とよんでもいいくらい赤い。明らかに照れてる。ちらっと視線を下に、こちらに向けて言う。
「“ちよって好きよ”」
 何を言っているのだこの中年は。
「とんでもない短縮しないで。というか、いきなりどうしたの?」
「迎えに来た時のちよがかわいかったのよ。すくに竹田くんの存在に気づいたときの寂しそうな顔も嫌いじゃないけど」
「セクハラセミ。帰って!」
 照れくさくなり、悪態つきつつも枕で蟬ヶ沢をはたき追い出す。
 窓から出ていくのも慣れたものだ。
「なんとでも。明日は竹田くんはいないから安心して」
 それを聞いてほっとした。私の顔にも出ていたのだろう。蟬ヶ沢はにんまりと笑い帰っていった。
「まったく、本物の蟬みたいにミンミンうるさい」
 完全に姿が見えなくなるのを確認し、彼が手掛けたクッションを抱き締める。
「私も“ちよ”って呼んでくれるセミさんが好き」
 頭の中で彼の言葉を反復しながら夢の世界に入った。

  ***

「あの、同じ彼女持ちとして相談したいんですけど」
 仕事を終えて、竹田啓司を送迎している中での爆弾発言に蟬ヶ沢は急ブレーキをかけた。
「……………。どこから突っ込めばいいかしら?」
「相談に乗って欲しいです」
「一つ前の単語はどういう意味かしら?」
「今日一緒だった子、セミさんの彼女さんですよね。あんなに慕われてますし」
「そうじゃないわよ、……そうだけど。仮にそうだとしても未成年には手を出さないわ」
「すごく仲のいい女の子がいる仲間として聞いてください」
「あー………、分かったわ。今限定で私にも彼女がいるとして相談に乗るわね」
 仮想の彼女はちよとして出すが、内心謝る。
「それで?どうしたのよ」
「最近、この手伝いとデートが被ってしまって行けなかったんです」
 二人で出かける日が仕事に潰され、更に副業に潰されたことを思い出す。
「それは……貴方が悪いわけじゃないでしょ」
「彼女の家は連絡を取るのも場所も限られていたので、申し訳なくて」
 こちらでも調整を入れるべきだろうと考える。
「…………ところで、そのデートの予定の日っていつだったの?」
 返事を聞いて蟬ヶ沢は愕然とする。お出掛けを断られたあの日である。浮気してくるなんて恐ろしいことを言った時の真相は友達の気分転換に付き合うためだったのだ。
 この彼氏についての愚痴はもう散々語られた後なのだろう。
「たぶんだけど、大丈夫よ。うん……」
 苦い記憶を掘り出して蟬ヶ沢も凹む。奇しくも蟬ヶ沢の立場は竹田啓司の彼女の立場なのだ。蟬ヶ沢には慰めてくれる相手が不在なのだが。
「自分が優先されないって、辛いものね」
「セミさん?」
「ああ、なんでもないわ。彼女さんも竹田くんが思うよりも気遣ってくれてるし、貴方も彼女を思ってまた誘えばいいじゃない。こういうときは素直に言うものよ」
「そうですね。明日、いってみます」
「そうよ、頑張りなさい」
「ところで」
「なによ」
「今日は一緒だった彼女、好きじゃないんですか?」
 再び急ブレーキをかける。
「好きだけど、たぶん、いや、うん、広い意味で好きよ」
「広い意味でって、どんな意味ですか。曖昧な反応は駄目ですよ」
「貴方に言われたくないわよ!こっちだって色々と複雑なのよ。そりゃ好かれるはずだとは思うわよ。なんでとかは言えないけど」
 システムから守るために実質自分の命を削っているのだ。合成人間としての正体を知って、引かれてるどころか付き合いは増してるのだ。
 守るはずが守られ、一緒にいる時間も親密さも増えた。
「大事なら尚更言わないと伝わりませんよ」
「こんな中年が軽率に好意をを向けたら、犯罪になるの!」
「じゃあ、好きなんですね」
 盛大にため息をつく。
「広い意味でよ」
 竹田啓司がため息をついた。
「ここで充分ですよ」
 彼は車から降りた。
「待ちなさい。夜間は危ないわ。ちゃんと送るから、乗りなさい!」
「電車がありますから。セミさんはこのあと彼女さんに連絡の一つでも入れてやってください」
「………なんてよ」
「私も好きとか。前に言ってましたよね。“嘘はつきたくない人はいるか”って。蟬ヶ沢さんはもう少し嘘をつかないというか、本当に思っていることを言った方がいいです」
「充分言っている気がするわ」
「言わないと伝わりませんよ。僕だって、伝えても足りないくらいなんですから」
 あまりにも正論で蟬ヶ沢は竹田を見送ってしまった。

  ***

 帰宅したころには心身共に疲れきっていた。仕事の作業が終わり、ちよの家に行ってしまったのだ。ちよの家では癒しがあったので、ましになった。
 玄関を入ってすぐにベッド横たわる。寝る直前にスーツをかけておいた。
 竹田啓司を送り届けるだけならもっと早く帰ってきた。遅くなったのは自分のせいのような、竹田のせいのような。
 ちよの家にこっそり行くのも慣れてしまって、つい行ったことを考えると蟬ヶ沢の方が悪いに軍配が上がるだろう。
 睡眠時間を削ってまで癒されに行くのは馬鹿げている気もする。
「なに若者に焚き付けられてんだか」
 背中をさする。抱きしめられた感触はまだ残っている。抱き締め返せばいいのだろうが、なけなしの理性が止める。
 ちよに対する気持ちは一種類だけの好きではない。ファンとして来てくれたこと、友人として接してくれたこと、戦友として立ってくれたこと、スクイーズを知っても人として見てくれたこと。全てを知って彼女は変わらずに呼んでくれるのだ。
“セミさん”
 彼女から呼ばれる名前と呼ぶ表情が好きなのだ。蟬ヶ沢がしてきたことの答えが呼ぶ声に顔に出ている。それがかわいくて、好きで仕方ない。
 年々どう接していればいいのか迷う。先程ちよに言ったのは、蟬ヶ沢が素直に言える限界だ。
「私も好きことには違いないわ」
 “セミさん”と呼んでくれるちよがかわいくて仕方ない。
 ちよがデザインしたクッションを抱き締めながら眠りについた。
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