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□Chocolate Frog
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子供の頃好きだったお菓子の絵が描かれたブリキの空き缶。
ガシャガシャと喧しく音を立てるそれを二つ抱えて、テセウスは珍しく上機嫌でニュートのところにわざわざ見せに来て「子ども部屋で開けよう」と誘った。
息子二人もとうの昔に成人して独り立ちし、今となっては本棚に収まりきらなかった父親の古い蔵書が追いやられてる物置となってしまった、かつての子ども部屋に兄弟揃って、ニュートはげんなりとしながら床にペタンと座り込んだ。
「懐かしいな、と言っても全く記憶にないんだが。何が入ってると思う?」
「やめよう、元あった場所に戻してこいよ……」
「二人揃って恥ずかしいものが出てくるかもしれないしな。というか、どっちがどっちだ?」
全く同じ缶が二つ、どちらかがテセウスでどちらかがニュートのもの。
缶を揺らしたり、底をひっくり返したりして、テセウスはうーんと唸る。
「よし、こうだ」
差し出された方の缶をニュートは怪訝そうにじっと見て「こっちが僕の?」と尋ねる。
テセウスは顎を引いて僅かに首を傾げ、「いや、たぶんこっちがお前の」と言いながら蓋を開けた。
「普通人の開けるか?」とぼやきながらも中を覗き込む。
欠けた金釦、父親の壊れた腕時計、初めてもらったガリオン金貨など、小さい頃の宝物が形を変えず色褪せぬままそこに残っていた。
「ああ、懐かしい。こんな所にあったんだ」
「おい見てみろ、ホークランプのスケッチだ、ニュートが初めて描いた」
「そんなもの広げないで」
「なぜだ、上手く描けてるのに」
一つ一つ手に取りながら見ていくうちに、下の方に埋もれていたあるものを見て、二人はさっと顔色を変えた。
まるで缶の底に隠すようにして、未開封のカエルチョコが仕舞われていたのである。
「ニュート……これはまずいぞ」
「待って待って待って……え、全然覚えてない」
ニュートは頭を抱えた、テセウスは恐る恐る指先で摘むようにして箱を持ち上げ底を裏返す。
「20年前に寿命が尽きている」
「期限切れだろ、やめろよその言い方……」
「開けてみよう」
「正気かテセウス?」
「カードが誰か気になる」
働きすぎでついにおかしくなったのかと、ニュートは静かに後ずさる。
切り口に爪を引っ掛けるテセウス。
ペリペリ、と思ったより簡単にほつれ、よくよく見たら一度開けた空箱を上手に上から貼り直してあるだけだった。
中にはカードが束になって50枚ほど収まっていた。
「あ、これ……」
「ゴドリック・グリフィンドール、ヘルガ・ハッフルパフ、マーリンも。すごいな、珍しいのばかりだ。よく集めたなあ」
「違うよこれ、全部テセウスがくれたやつだ」
ホグワーツに入学してから休暇で帰省するたびにいつもカエルチョコのカードをお土産にくれたテセウス、まだ小さな弟に一年間会えなかった分を埋め合わせるかのように珍しいカードばかり。
感激して思わず口許に手をやるテセウスに、ニュートは苦い表情を浮かべる。
「ニュート……僕があげたカードをずっと大事に、宝箱に仕舞っていてくれたのか……」
「あーもうっ、そういうの頼むからやめてくれよ、いい歳した男が……」
ずっと大事にって言ったって20年間存在も忘れてたくらいだし、宝箱って言ったってお菓子の空き缶だし。
とうとうニュートはテセウスを無視してもう一つの缶を開けた。
ニュートのとは違い、テセウスの方には四つほどの品がすっきりと収められているだけだった。
ああこれは、とテセウスが懐かしそうに一つずつ手に取る。
「監督生の時のバッチだ、懐かしい」
「……この石ころは?」
「ニュートがくれたキレイな石だ、あと家族で海水浴に行った時にお前が見つけてくれた貝がら、こっちは父さんと一緒にお前が作ってくれた魔法の杖」
「ただの棒っきれじゃないか」
「何を言う!ヤスリをかけて、彫刻もしてくれたんだぞ」
缶を開けたことをニュートは後悔した、この人はいつまで弟を小さなアルテミスだと思ってるのやら。
ニュートは深い深いため息をついた。
――
「なあにそれ?」
リタが不思議そうに尋ねると、テセウスは機嫌よく嬉しそうに笑いながらカエルチョコをリタの手のひらに乗せ、カードを差し出した。
「カエルチョコ?あら珍しい、モリガンね」
ふわりとチョコレートの甘い香りがする。
他の子のようにカードを集めたことも、友達とハニーデュークスに行ったことも、そもそもカエルチョコなど食べさせてもらえるような家じゃなかったけど、リタは懐かしさに口許を綻ばせる。
「ニュートにやるんだ」
「……彼もう29よ?」
耳を疑うような発言にリタは思わずテセウスの顔を見る。
まるで彼女の言葉など聞こえてない様子で、ほくほくと満足げに微笑むテセウスにリタは怪訝な視線を向けるのであった。