Puppy Loving You…

□U
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「いっ……!」

「はい動かないで、男らしく耐える!麻酔が効いてるんだから痛くもないでしょう」

流石に手慣れた様子でてきぱきと処置を施していきながら、ぴりぴり滲みる消毒薬のようにマダム・ポンフリーがぴしゃりと言い放った。

「全く。これぐらいでぴーぴー言わないの、情けない」

そうは言われても、痛いものは痛い。
クィディッチの模擬試合中、箒に乗って飛んでる時に、猛スピードで真っ直ぐこちらに突進してきた鴉を避けようとした瞬間、バランスを崩して上空30m上から急降下し、そのまま地上に叩きつけられたのだから。
頭をしこたまぶつけて脳震盪を起こしていたそう。
意識を失っていたから覚えていないが。

「……はいっ、おしまい」

「どうも……これ、いつ取れますかね」

「一週間後には抜糸して、キレイに元通りになりますよ」

「抜糸……」

「二針縫ったぐらい、かすり傷も同じです」

額に巻かれた包帯に恐る恐る触れてみる。
麻酔が効いてるとは云え、じんじん痺れるような痛みがする気がする。
授業の開始を知らせる鐘の音が響く。
頭痛を我慢してベッドから立ち上がると突然周りの景色がぐにゃりと時空が歪み、視界が真っ暗になっていく。
平衡感覚が分からなくなり吐き気がした。

「ほらほら急に立ち上がるから!頭を打ってるんですよ!忘れたの?しばらくは絶対安静ですからね。それにしても箒から落ちるなんて、他ごと考えながらぼーっと飛んでたんじゃないでしょうね」

マダムの一言に、ニュートは苦笑いを浮かべるしかなかった。
全くもってその通りだったからである。
――
しかし、一日中ベッドで過ごすというのは響きは何とも甘美であるが、実際には退屈極まるものだった。
する事と言えば新聞を開けること、本を読むこと、時折窓辺にやってくるヒヨドリの観察ぐらいしかない。
その新聞も、今朝はつい先日ロンドンで逮捕された密輸団に関する記事が大々的に取り上げられ、内容の薄っぺらいものだった。
密輸団はイギリスのみならずヨーロッパ中を転々とし、高額な美術品や高値で裏取引される魔法動物などを彼方此方で売りさばいていたらしい。
裏取引に利用された魔法動物たちはどうなるか、考えるだけで胸糞悪くなり、それ以上読むのをやめた。
こうなると本当にやる事がない。
本をぱらぱら捲りながら早く日が落ちてくれないものかと時間が過ぎるのを待っていた。

侵入者のように気配を殺し忍び足でそっと医務室の通路を進む。
やがて、ハッフルパフのローブの掛けられた一つのベッドの前でリジーは足を止めた。
不安を押しとどめながら白いカーテンの隙間に恐る恐る指を掛ける。

「ニュート……?」

声に気がついて本から顔を上げるといつものように柔らかく微笑みながら軽く手を上げて応えた。

「やあ、リジー」

良かった、思ったより元気そうだ。
リジーはほっと胸を撫で下ろした。

「様子見に来ちゃった」

「心配掛けてごめん」

「ううん、怪我の具合はどう?まだ痛む?」

「ああ、二針塗っただけでもう全然……いや、まだちょっと痛いかな」

へらっと笑いながら額の包帯に手をやるとぎゅっと表情を歪めた。
リジーまで自分の額を抑えながら痛そうに顔をしかめている。

「これ、クッキー作ったんだけど、いる?」

背中に隠した紙袋をちらつかせながらリジーがわざと尋ねた。
すぐさま「いる」と答え、ラッピングされた袋の中を覗き込むと、チョコレートクッキーで出来たユニコーンの親子が寄り添って草に見立てたペーパークッションをのんびり食んでいた。

「ありがとう、嬉しいよ」

「ずっとベッドで退屈でしょ。そうだ、よくなったらホグズミードに行かない?ヘイミッシュのリボンと鈴を買いに行きたいの、どこかに落としてきたらしくて」

「そりゃいい、楽しみだな。彼女は元気?」

「元気よ、毎日戦争なの、あちこち引っ掻かれてたまったもんじゃないわ」

あれは……猛獣よ、子猫なんて可愛らしいものじゃない!
手の甲を擦りながらリジーが辟易と呟いた。
通路から忙しなく働く足音が響く、マダムが戻ってきたらしい。

「どうしよう、私マダムに内緒で入って来てるから」

「なら早く戻った方がいいよ」

「そうする、じゃあねニュート、早く元気になって」

「分かってる、ありがとうリジー」

ぱたぱたと駆けていく彼女を見送るとニュートはぼふっとベッドに倒れ込んだ。
頭の中で彼女との会話を思い返しながら、チョコレートクッキーのユニコーンを手の上に乗せて、元気いっぱい走り回る仔馬を飽きもせず眺めていた。

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