Puppy Loving You…

□U
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ものすごい勢いで温室を飛び出したヘイミッシュ、を追いかけて走り出したニュート、その後にリジーと続き、ゴツゴツ飛び出た岩だらけの急斜面を行列が脱兎の勢いで駆け下りていく。
坂の上の少し高台になったところでリジーは一瞬足を止め、目を細めた。
坂をずっと降りて行ったところにはホグワーツに常駐している森番の家がある、周りには鬱蒼とした森が広がり、さらに奥に進んだところに湖がある。
辺りの景色が一望でき、先頭を行くヘイミッシュも見えた、彼女が夢中で追いかけている“獲物”も。
ニュートは地面の凹凸を巧みに足場にして仔猫と同じくらい軽々と降りて行き、すぐ後ろにリジーがいないことに気づくと肩越しに振り返り、大声で名前を呼んだ。

「リジー!」

リジーは大急ぎで坂を駆け下り、走りながら声を上げて笑った。
彼女が頭を抱えて唸っていた謎は、目撃者を一人も出さずに的確に金品だけを盗むトリックも、寮の合言葉を掻い潜る秘密の情報網も、そもそもそんなものは無かったのだ。
あまりにも単純で呆気ない犯人と事件の真相に笑いが止まらなくなっていた。

「彼女はそこらの猫よりずっと賢い! 君の相棒は最高だよ!」

「あなたもね! あれは何なの?!」

「Niffler!」

二匹はそのまま森へと入っていき、ニュートとリジーも後を追いかける。
しかし高い木々が日光を遮ってしまい、日中にも関わらず辺りは朝縹色の霧が視界を覆い、ひんやりとした空気が肌を刺す。
おかげで小さな二匹はすぐに景色に溶け込んでしまい、すっかり見失ってしまった。
鬱蒼とした森の中では野生動物でさえ方向感覚を失い、彷徨う危険がある。
本来なら生徒の立ち入りは禁じられている。
しかしこのまま引き返すという選択肢はニュートにもリジーにも初めから存在しなかった。

「どこへ行ったの……?」

「うーん……」

右に行くか、左に行くか、それともこのまま真っ直ぐ行くか。
ニュートは辺りを少し見回すと迷いなく歩き出した。
しばらく歩くと小石を踏んだような固い感触を感じて、足元を見ると金色に光るガリオン硬貨が。
所々泥に汚れながらもその本来の輝きを保ったまま、忘れられたように落ちていた。
どうやら本当にこっちで合ってるらしい、やはりニュートの勘は野生動物並みだ。
点々と落し物が続き、やがて道を塞ぐように倒れた一本の大きな倒木の前で立ち止まった。
小さなライオンのように全身の毛を逆立て、顔にしわを寄せて地を転がすような低い唸り声を上げて威嚇するヘイミッシュをリジーがすぐさま抱き上げ、宥めにかかる。
倒木の周りには大量のアクセサリーや壊れた時計や金貨などが散らばり異様な光景が広がっていた。
木全体を苔が覆い、太い逞しい幹や根からは以前は立派な大木であったことが分かる。
根本から引っこ抜かれたように横たわった姿は、まるでトロールが眠っているかのようだ。
根は空洞になっており、中は驚いたことに金銀財宝の洞窟と化していた。
あまりの多さに、洞窟というよりかまるで要塞のようだった。
要塞の一番奥で全身黒い艷やかな毛で覆われたピンクの鼻とくちばしを持つ生き物が怯えた目をして宝の山に埋もれていた。

「やあ、初めまして」

ニュートが手を伸ばすと後退り、すっかり怯えて小さな体を小刻みに震わせながらふんふん鼻を鳴らした。
これは困った、どうしたものか。
少しの間考えると、ニュートは杖をゆっくりと地面に置き、這いつくばって目線を合わせた。

「調子はどう?そっちに行ってもいいかな」

驚かせないよう、静かな声で話しかけながらそっと手を伸ばす。
その様子をリジーは固唾を呑んで見守った。

「絶対に君を傷つけるようなことはしないよ、約束する。……友達になりたいんだ」

警戒しながらもじりじりと近づいてき、ふんふんとしばらく匂いを嗅ぐと、ニュートの思いが伝わったのか、彼の手にくちばしをぐいぐい押し付けた。
要塞から出てくるとすっかり懐いたようでニュートの肩によじ登って、高い景色が珍しいのか身を乗り出してきらきらと目を輝かせた。

「犯人がまさかこんなかわいい泥棒さんだったなんて、密輸団の残党でも何でもないじゃない」

「いや、案外当たってるかもしれないよ」

「ええ?」

ニュートは倒木とその周りに散らばった金貨やアクセサリーを指さした。

「どう見ても高価な物もあるし、量が尋常じゃない、多分こいつは……」

「……まさか、本当にロンドンから逃げてきたの?」

さあね、とニュートは何気なく肩を竦めたが自分の肩に掴まってる小さな黒い背中を指先でそっと撫でると小さくため息をついた。

「元々これだけ人懐っこい生き物があんなに人に怯えたってことは、きっとまともな扱いを受けてこなかったんだろう」

可哀想に、ニュートは小さく首を左右に振ってぽつりと呟いた。
リジーは苦しそうな表情を浮かべ足元に視線を落とすと、ふと思いついたようにぱっと顔を輝かせた。

「その子、ニュートが飼ってあげれば?」

「ええ?」

「そうよ!だって可哀想じゃない!それにさっき友達になりたいって自分で言ってたし、ねえ?」

黒い小さな瞳に同意を求めるとふんふん鼻を鳴らして小さな黒い頭が首を傾げた。

「その子、ニュートにすっごく懐いてるみたいだし」

「いやでも、」

「ここでまたお別れなんて、可哀想よ」

「そうだけど、」

「約束を守るのは英国紳士のマナーよ」

「そ、そんなこと言われても……」

ふと小さなくりっとした黒い瞳と目があってニュートは思わず言葉に詰まった。
流されてはいけない、流されてはいけないと思いつつも湧き上がってくる感情が白い荒波のごとく激しく打ち寄せる。

「おねがい、ボクをつれてって」

追い打ちを掛けるようにリジーが舌っ足らずの赤ちゃん言葉で言った。
荒波は理性の防波堤を呆気なく押し破り、すべて跡形もなく流していった。
すぐ情に流されやすい悪い癖は前々から自覚していたが、自分の不甲斐なさに深くため息をついた。

「……うち来るか?」

黒い瞳はニュートに見向きもせず、リジーの腕に抱かれた仔猫に夢中で、一方でヘイミッシュは耳を倒して低く唸りながら睨みつけていた。
ニュートは自然と頬が緩み、リジーは一生懸命ヘイミッシュを宥めた。

「名前は?」

ヘイミッシュのリボンの鈴に一心不乱に手を伸ばしているのを掴まえてぽっこり膨らんだお腹をくすぐりながらニュートはくしゃっと笑った。

「二フラー」

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