Puppy Loving You…

□U
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言いかけた言葉は鳴り出したピアノの音に阻まれた。
優雅な宮廷舞踏曲に世界は再びけたたましく回転し始め、次々と踊り手を変えながらニュートの腕を見知らぬ誰かが引っ張り、リジーも誰かに腕を取られてワルツの波にのみ込まれていく。
次から次へと人の手に渡され、マリオネットのように踊らされる。
音楽は止まるところを知らずに踊りつづける。
その時、視界の端で雷のような青い光が一筋閃いた。
瞬く間に大きなケーキが炎に包まれ、あちこちから悲鳴が上がる。
“センコーが来やがった、みんな逃げろ!”
杖から放たれる攻撃呪文に逃げ惑い、叫び声をあげ、パーティー会場は一瞬にしてパニックに陥る。
炎が蛇のように這い上がり、透明の魔法のテントに燃えうつり、激しく燃え上がる地響きのような音とともにテントを支えていた支柱が軋みはじめる。リジーは押し寄せる人波に必死に逆らいながらニュートを探した。
遠くの方に一緒に来た友人たちの顔を見つけ、「早く逃げて、二人とも後でね」と腕を精一杯伸ばして手を振る。
その手が振り返されたのを見届け、ほんの少し安堵する。
支柱が嫌な音を立てながら折れ、テントがいよいよ崩壊し始める。
木が軋むたびに叫び声が濃くなり、たった一つの出入口に人が殺到する。
杖を振るう教師たちに追い立てられ、人混みが決壊し、我先にと押し寄せ一気に火の粉のごとく散っていく。
リジーは声を振り絞ってニュートの名を呼んだが周囲の物音や人声にほとんど掻き消された。
やっとの思いで身をよじって後ろを振り返った時、ぐいっと力強く腕を引かれ、呆気に取られてる間に人混みを脱した。
そのまま城まで走って物陰に身を隠し、ざわめきが遠ざかり、教師たちが行ってしまったのを確認するとようやくほっと息をつき、 力なく壁に寄りかかった。

「どこ、行ったのかと」

「それはこっちのセリフだって、リジーどんどん一人で行っちゃって、焦ったよ」

肩を揺らして弾む呼吸を整えると、リジーがくすくす笑いながら咎めるような口調で言った。

「あなたは誰と踊ったの?」

「違うよあれは、引っ張られたんだ。しかも男に。たぶん君の手を取ったつもりが、ぐるぐる回ってたから間違えたんだろう。なんだお前って放り出されて、こっちこそなんだお前って」

ニュートは思い出したかのようにぎっと顔をしかめると、苦笑まじりに肩を竦めた。
リジーは唇を噛みしめたが、こみ上げてくるものに堪えきれずに声を上げて笑った。

パーティーも終わりを迎え、先ほどまでの賑やかさはどこへやら。
城内はしんと静まり返り、濃紺の空の上にはちみつ色の月がぽっかり浮かび上がり静かに暗夜を照らしていた。
耳の奥ではまだワルツの音色が鳴り響き、リジーは雲の上を歩いてるような不思議な浮遊感を感じていた。
お腹の中を蝶々がひらひら飛んでいる。
寮まで送ると提案したニュートに、リジーは遠慮して分かれ道まででいいと言った。
寮への分かれ道の階段まで二人はなんとなく口を開く気になれず、終始無言だった。
だが、奇妙な沈黙も居心地の悪いものではなかった。

「今日はありがとう」

「こちらこそ。なんか……色々大変だったけど、」

「でも、楽しかったね」

リジーがそう言うと、ニュートは表情を緩めて「なら良かった」と独り言のように言った。

「今日は、ゆっくり休んで」

「ニュートもね」

「ああ、そうだね、そうするよ」

ニュートは早口で小刻みに二、三度頷いた。
緊張で声が震えて、力を込めてないと壊れたぜんまい仕掛けのように全身ガタガタ震えそうだった。
リジーは名残惜しそうに薄く微笑むと、石段へと足を踏み出した。
行ってしまう、早く言わなければ。
言わないと、伝えないと。
この気持ちに、答えが欲しい。

「好きだ」

喉の奥から絞り出した声は音となって壁や天井にぶつかり、しんと静まり返った空間に僅かに反響する。
音は二重三重になって返り、ぽとりと床に落ちて消滅し、沈黙が流れる。
階段の少し上がったところでリジーは立ち尽くし、緩慢な動作で振り返った。
澄み切った瞳が大きく見開かれ、月光を映して揺れる。
握りしめた掌は精一杯の虚勢。
どうにでもなれ、と目を伏せて息を吸い込んだ。

「君のことが、その、ずっと、」

不意に頬に触れた柔らかい感触。
シトラスが鼻先を掠め、ふわりと甘く香り立つ。
思考が、停止する。

「私も好き、です」

小さく囁きかけるような声で、彼女は俯く。
大胆な行動と裏腹に、耳まで真っ赤に染めて顔も上げられなかった。
おやすみ、とちょこんと頭を下げると足早に階段を駆け上り逃げ去った。
触れた箇所が、風邪を引いた時みたいに熱を持つ。
ニュートはしばらく微動だにせず、呆然と立ち尽くしていた。

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